小説 川崎サイト



聖者

川崎ゆきお



 行者のような風格だ。老婆ではないが、六十は過ぎている。もしかすると七十は越えているかもしれない。
 白髪がそう感じさせるのかもしれないが、背中の中ほどまで伸ばした髪は、老婆ではあまり見かけない。それに年寄りにしては長身だ。
 ある年齢から何かを止めたような感じなのだ。自然に止まったのか、自分で止めたのか、または止められたか……だ。
 その行者は、苦行をしているわけではないが、よく歩いている。
 場所は郊外の何処にでもあるような住宅地。
 しかし、彼女はどの住宅にも住んでいそうにない。
 魔法使いのようにも見えるのは、洋服のためだろう。長いワンピースを着ている。今時和服の老婆を見かけるほうが稀だろう。
 彼女が魔法使いではなく、行者側に傾いているのは、術を使いそうにないことだ。
 つまり、苦行に勤しんでいる。
 彼女は絶対に人と目を合わさない。おそらく、まともに目を合った場合、精神的ダメージを互いに受けるだろう。
 彼女は真夏でも長袖でファミレスを巡回しているようだ。
 郊外にはファミレスが多い。彼女が歩く目的地はファミレスなのだ。コンビニに寄ることもあるだろうが、それは巡礼道にあるためだろう。
 そうなるとお遍路さんに近い。
 ファミレスが札所なのだが、二十四時間開いている。そこで休憩する。たまに眠っていることもあるが、背筋は立っている。ここが行者らしい。
 横になれる場所が巡礼コースの中にあるのかもしれないが、そこは猫の墓場のように、人目に触れることのない場所だろう。
 だが、行者らしくないのは煙草を吸うことだ。
 ファミレスでは食事もするし、ケーキも食べる。一般客とかわらない。一店に居着くのではなく、分散させている。
 椅子にきっちりと座り、瞑想状態に入る。たまに煙草を吸い、飲み物を口にする。
 彼女は無念無想の境地を歩もうとしているのだろうか。既に何等かの境地に達しているものと思われる。
 
   了
 
 
 



          2007年8月7日
 

 

 

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