小説 川崎サイト

 

本物偽物


「本物と偽物の違いは何でしょうか」
「ものにもよりますなあ」
「一般的なところで、お願いします」
「お願いされても、結局は何か思い当たる任意のことからの意見になりますが、よろしいですか。普遍性はありません。全てには当てはまりません」
「はい、結構です」
「偽物の方が勝手がいい」
「勝って」
「道具やシステムでもよろしい。使い勝手」
「はあ」
「本物には負けるので、それに勝るものを用意したのでしょう。これは道具でも、その他のことでも当てはまらなくはないが」
「別に当てはまらなくても結構ですから」
「偽物の方が安い」
「はい」
「本物よりも高い偽物なら、それが本物にとって変わりますが、値段だけです。中身が劣っておりますと、取って代われない。すぐにその偽物、姿を消します。高いだけなのでね。これが本物よりも安くて、勝手がいいのなら多く買われます。そして本物に取って代わりますが、それでも、本物の存在感は、まだ残ります」
「そこです」
「え、何処ですかな」
「本物よりも勝手がいいのに、どうして本物の存在感は残るのですか。取って代わられたのでしょ」
「それは勝手がいいからです。そして、本物は勝手が悪くなりますが、ここがいいのです」
「何がいいのですか」
「何がといわれても、個々別々ですからね。固有の話になりますが、その本物は変わらないのです」
「変わらない?」
「そうです。偽物は次々に変わります。しかし、本物はあるところで固定されたように、動きません」
「古典のようなものですか」
「そうですねえ。しかし、世の中に本物も偽物もありません。全部偽物であり、全部本物だったりしますがね」
「そういう話ではなく、本物に接したのです」
「ほう、本物に。偽物じゃなく」
「はい。本物です。先ほどの古典を踏み倒したような存在感があるものでした。偽物の方が優れているのですが、存在感が凄い。決して雰囲気や、そういういう意味で見ているわけではありませんが、なぜか落ち着くのです。偽物には真似できない佇まいでした」
「ほう。達人に出合ったようなものですな。格が違うと」
「そうです。それが気になって仕方ありません」
「錯覚ですなあ」
「そうなんですか」
「本物が醸し出す錯覚。これには偽物は負けます。インチキ臭さを感じて、自己嫌悪に陥ったりするでしょう」
「そうです。それが言いたかったのです。あの力は何でしょう」
「だから、錯覚なのです」
「ただの気のせいですか」
「本物の力。実はそれなのです。だから偽物の方が優れていても、ここで偽物は負けます」
「錯覚で負けるわけですね」
「そうです。ところで、あなた、そんなことを聞いてどうするのですか」
「気になったもので」
「過去の幽霊です」
「それにやられました」
「何があったのかは分かりませんが、本物はただの表面だけではなく、根が深いのです。偽物はまだ新しいので、そこまで根が深くないのでしょう」
「はい」
「分かりましたか?」
「はい。それで……」
「何か」
「先生は本物ですか、偽物ですか」
「私は偽者です」
「やっぱり」
「真っ赤な、です」
 
   了


2020年4月19日

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