小説 川崎サイト

 

メッセンジャー


「この近くなのですがね」
「どなたの家ですか」
「田村さんです」
「ああ、田村さんですか。この先を曲がったところです。行き止まりですが、狭い通路があります。自転車が何とか通れる程度。その奥が田村さんです。抜けられません。行き止まりから先にあるのは田村さんだけですから、分かりやすいですよ」
「有り難うございます」
「でもいつもお留守ですよ。よく見かけるのですがね」
「よく出掛ける人なんですね」
「そうです。よく見かけます」
「有り難うございました」
 島本は教えられたところで曲がり、まっすぐ行くと確かに行き止まり。鬱蒼と茂る生け垣が壁のように立ち塞がっているのだが、左側に切れ目があり、高い塀沿いに道がある。言われた通りだ。生け垣のある家は二階建てで大きな家だが見るからに廃屋。通路が狭く感じるのは生け垣が枝を伸ばしすぎたためだろう。その家が目的ではない。その奥。入口はここしかないのだろう。あまりにも狭すぎる。
 島本はその通路を抜けると、今度は本当の行き止まりだが、木造の安っぽい平屋があり、玄関戸がある。
 それを叩くが、反応はない。
 留守だろう。
 それで、出直すことにし、先ほど道を教えてもらったところまで戻る。
 その姿を待っていたのか、先ほどの人がいきなり出てきた。何処から飛び出したのだろう。
「留守でした」
「そうでしょ。よく見かけるのですが、行くと留守です」
「そうなんですか」
「玄関戸があったでしょ」
「はい、ノックしました」
「郵便受けはどうでした」
「見ませんでした。あったような気がしますが」
「溜まっていないでしょ。それに新聞は取っておられないようです。チラシを入れに来る人もいないようです。そんなところにまだ家があるなんて、分からないですからね。それに行き止まりだし」
「有り難うございます。日を改めます」
「たまにあなたのように訪ねて来る人がいるんですよ」
「どんな人ですか。田村さんは」
「何処にでもいるような人です」
「特に変わった風貌ではないのですね」
「そうです」
「有り難うございました」
「いえいえ、田村さん、たまに見かけますので、何か伝言でもしておきましょうか」
「そうですか。それは有り難い。吉岡の使いで来たとお伝え下さい」
「それだけでいいのですか」
「はい、それで分かると思います」
 島本は、もう分かったような気がした。
 そして、立ち去った。
 あの人がきっと田村氏だろう。凝ったことをする人だ。
 要するに、断られたということだろう。だから、出直す必要はない。
 島本はただのメッセンジャーで、用件は知らない。ただ、伝えるだけ。
 そして、依頼者のこともよく知らないし、ましてや田村なる人物が何者かも知らない。
 道を教えてくれた人が田村氏であるとは限らないが、彼の手の者だろう。
 
   了
   


2020年4月21日

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