小説 川崎サイト

 

妖怪変化と御札


 春先は無理だが、中頃になったので冬眠していた妖怪博士も動き出した。季節の変化に敏感なようで、暖かくなると、妖怪博士も外に出てくる。ただ、これは私用だ。真冬でも仕事となれば出掛ける。
 妖怪博士の仕事。それは重要なことではない。社会的貢献度も低い。冬場でも出掛けるのは御札が切れたときだろう。呪符。まじない札。これはお守り袋の中に入っている紙切れに近い。
 博士宅には冬場でも人が来る。妖怪を見たという患者にはこの札が必要。処方札だ。妖怪や怪現象、怪談、異変などタイプが違う。そのため、妖怪博士は色々と御札を持っているが、なくなればいつもの御札を使い回している。なんでも効く御札があるため。しかし、専用札の方が効果が大きい。いかにも効きそうに見えるためだろう。この札を相談者や依頼者に見せるだけで、もう効果があったりする。だからインチキなのだ。
 そのインチキを妖怪博士は丁寧にやっているので、御札が切れれば仕入れてこないといけない。冬場でも外に出るのはそのため。人はインチキ臭いことほど真剣に、そして真面目にやる。
 もし途中で誰かに聞かれると、これは説明しにくいだろう。説明は可能だが、御札を爆買いに行くというのは何か妙だ。これが交通安全の車に付ける御札なら問題はない。普通の神社やお寺で売っている御札でもいい。仕入れる行為ではない。ここが違う。だから大量に買うので、戻る途中、それを調べられれば、説明がややこしい。束ねた御札。伝票の束に見えなくもないが。
 閉じ籠もっていた妖怪博士も、春になると行動的になるのが、やはり家の中にいる。あまり出掛けたがらない。
 そこへ妖怪博士付きの編集者がやってきた。
「妖怪変化についてですが」
「一度それは説明したんじゃないかな。いや三度目かもしれんぞ」
「なぜ変化するのでしょうか」
「え」
「そういう質問がありまして」
「あ、そう」
「何か、コメントを」
「今、御札の整理をしているんだ」
 妖怪博士は針箱のような、または昔の薬箱のような小さな箱だが、小さな引き出しが一杯付いているところに御札を分けて入れている最中。
「変化のう」
「はい」
「内因と外因がある」
「はいはい」
「人はどうして変化をする。その説明と同じじゃ」
「長く生きた猫は猫又になります。これは内因ですね」
「超ベテランも妖怪と言われたりする」
「猫又の猫は努力したのでしょうか」
「え」
「ですから、猫又になる前はただの猫でしょ」
「猫又になる猫とならない猫がいる。普通は猫又になる猫などいないに等しいがな」
「人間になれる猿と、なれない猿の違いですか」
「さあ、猿から人になったかどうかは分からんぞ」
「今でも何処かで人間になり掛かっている猿などいませんからね」
「猫が進化すれば猫又になるわけじゃない。なるとしても何万年もかかるだろう。その猫が一生の間に叶うようなことではない」
「はい」
「しかし、長く生き続けると、ただの猫ではなくなるのだろうが、先ほどもいったように、どの猫でも猫又になれるわけではない。年老いても尻尾は一本のまま」
「じゃ、どういう猫ですか」
「猫又に変化する猫は、猫又になる原因がある。内からではなく」
「そうなんですか」
「猫又になる理由があったのじゃ。だから外因」
「はあ」
「理由というのは何かに対してで、そのスイッチを最初入れるのは外因だろう。自ら猫又になるわけではない。猫又になる理由がない」
 要するに妖怪博士の理屈は、冬場は寒いので出掛けないが春になると出掛けるという程度。気候という外因だ。
「変化が望まれるから変化する。自主的なものではないことが多い」
「はあ」
「最初から悪魔などいない。こうなれば悪魔になってやれというような外因がある。鬼のようになってやるもそうじゃ。何かがあるから鬼のようになるのじゃ」
「でも最初から鬼のような人、いますよ」
「それは鬼になった状態を見ているから。鬼になる前を見ておらんから、そう見える」
「でも鬼っ子と言うがいますよ」
「そうじゃな、それも外因が多い。そういう風に育ってしまったのかもしれん。真性の鬼っ子などいない。猫又も同じかもしれん。だが、ほとんどの変化は外因じゃ」
「要するに変化させたのは他の何かということですね」
「最初は外因でも、その変化が楽しいので、内因として取り込むこともあるじゃろう。または先を見越して内因として取り込んでしまう」
「難しい話ですねえ。もっと稚拙な妖怪変化の楽しい話題になりませんか」
「まあ、変化することは滑稽事かしれんな」
「面白可笑しくお願いします」
「これでも十分可笑しな話なんじゃが」
「まあ、そうですが」
「人はできれば変化は望まない。変化を強いられる理由でもなければな」
「さて、どうしましょう」
「何がじゃ」
「コメントとしては長すぎます」
「妖怪変化になる手前を考えないといけない」
「そうなんですが、そこは地味なので。それに子供相手ですから」
「君が適当に言い方を変えて答えておきなさい」
「じゃ、いつものように、それをコメントとして、掲載します」
「妖怪の研究とは、実は人や社会の研究なんじゃ」
「そうなんですか」
「それと人は惑わされる。こんな御札で悪霊が消えるのだからな」
 妖怪博士は、仕入れたばかりの御札を見せる」
「はあ」
「これは手書きの御札。印刷物よりも効く」
 妖怪博士は古い御札を出してきた。版画だろう。昔の印刷物だ。プリントしたもの。
「これは複製だ。しかし、古いので、効く。多色刷りのもあるが、高いので買えなかった」
「分かります。効きそうな雰囲気が漂っています」
「妖怪に効くのではなく、本人に効く。まずは本人が変化するということじゃな。その外因がこの御札」
「何か、効きそうなので、僕にも一枚下さい。妖怪とかの変なことに接していると、そういうお守りが必要ですから」
 妖怪博士は一番数の多い御札を編集者に渡した。なんでも効く御札らしい。
「この普通の御札も実は変化する」
「そうなんですか」
「柱に貼っておると、呪文が変わっておったりする」
「そうなんですか」
「お守り袋に入れ、持ち歩かないで、部屋で放置していると、御札も変化する」
「じゃ、御札の妖怪もありそうですねえ」
「紙の妖怪じゃ。式神として飛ばせそうじゃがな」
「それです博士。そういう楽しい話がいいのです」
「これが楽しいか」
「はい」
「君も変わっておるなあ」
 
   了


2020年4月26日

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