小説 川崎サイト

 

狂言


「その後、どうなりましたかな」
「その後と言いますと」
「例の事件」
「あれは椿事でしたね」
「そうだろ。で、その後どうなった」
「別に」
「あれほどの事件だ。その後があるだろ」
「平常通りのようです」
「何事もなかったかのようにか」
「そうです」
「そちらの方がおかしい」
「いえ、別段何もその後、ありません」
「あれだけの騒ぎだ。しかも世にも奇妙な」
「それだけでした」
「しかし、事件だろ」
「それほどでもありません。実際は大したことは起こっていないのです。周りが騒ぎすぎて、大きな事件のように扱っただけで、本当は小さな砂糖の粒、それが膨らんで綿菓子のように大きく膨らんだだけで、中はスカスカです」
「それで、その後はないのか」
「はい」
「おかしいのう。あれだけの騒ぎだ。無事ではおられまい」
「そうなんですが」
「誰かがもみ消したか」
「そんなことはありません」
「それで、あの事件はなかったことになったのか」
「おそらく」
「おかしいなあ」
「誰かが仕掛けたようです」
「しかし、仕掛け損じたのか」
「そうだと思います」
「不思議な事件だ」
「仕掛けたのは本人ではないかという噂もあります」
「狂言か」
「はい。それが何となく分かったので、それに乗らないように、皆さん引いたのでしょう」
「何のための狂言じゃ」
「それも分かりません」
「何も分からんのだなあ」
「謎など最初からなかったのです」
「珍しい事件だ」
「だから椿事です」
「もういい。それ以上聞いても有益なことは出てこないようだから」
「藪の中です。何も分からないままです」
「うむ」
「その後どうなったのか、後日談を聞きたかったのだが、逆に曖昧模糊とし、納得しかねる。聞かなかった方がよかったかもしれん」
「はい、何事もないまま収束しました」
「本当かな」
「狂言でしたから」
「狂言なら、その後、もっと騒ぎになるのでは」
「あくまでも狂言説で、事実かどうかは分かりません」
「納得できん」
「はい、中途半端な事件でした。事件そのものが本当はなかったのでしょう」
「あったかもしれんぞ」
「どちらにしても、もう噂する人もいません」
「ここでしておるではないか」
「そうですねえ」
「しっかりせん話じゃ」
「話すのも嫌になります」
「腑に落ちん」
「はい」
 
   了

 

 


2020年5月10日

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