小説 川崎サイト

 

ある変化


 吉村は最近方向性が変わった。しかし自覚はあまりない。自然とそういう流れになっているのだが、それを流れだとも思っていない。
「変化があったようですが、何かあったのですか」
 同僚だが後輩の高田が問う。高田に影響することではなく、個人的なことだ。しかし、先輩の吉村の感じがこれまでとは違ってきているので、ついつい聞いてみた。聞いても聞かなくてもいいようなことだが、気になるのだろう。また親しい関係なので、立ち入ったことでも尋ねられるのだろう。
「別に何もないよ」
「でも変わられた」
「え、いつ頃から」
「僕も気付かなかったのですが、この数ヶ月です」
「あ、そう」
「その間、何かありませんでしたか」
「いや、別に」
「そうですか。不思議ですねえ。何か方針でも変えられたのではないかと思い、聞いたのですが」
「変えていないよ」
「しかし、変わっています」
「どんな風に」
「雰囲気が」
「どのように」
「まあ、態度です」
「態度」
「姿勢のような」
「気付かないけど」
「そうなんですか」
「思い違い、勘違いじゃないのかい。以前と同じだと思うけど」
「かなり違います」
「多少は、自覚はあるけど」
「ほら、やはりそうでしょ」
 先輩の吉村は考えた。変わったのは後輩の高田ではないかと。どうでもいいようなことなのに、重ねて聞いてくる。追求するかのように。そういうことはこの後輩にはなかった。きっと慣れてきたためだろう。馴れ馴れしくなったのだ。
「先輩の調子に合わすようにしたいのですが、方針のようなのがあるのなら、それに従います」
 この後輩の態度そのもの、後輩の調子そのものが今までとは違っている。
「じゃ、私はどんな調子なのかな」
「はい、以前より穏やか、そして丁寧になりました」
「じゃ、年だろ」
「そうなんですか」
「だから、決め事をしてやっているわけじゃないから」
「じゃ、自然な変化」
「言われないと、気付かないけどね」
「分かりました。納得できました」
 何だろう、この後輩は。何か悪い本でも読んだのかと思い、吉村先輩は聞き流すことにした。
 そういえば吉村は若い頃のようにビジネス書や啓発ものなどは読まなくなった。この後輩の高田は読みあさっているのではないかと想像した。
 しかし、それはいっときのことで、どんなにいいことが書かれている本でも、すぐに忘れてしまうものだ。
 
   了

 


2020年5月18日

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