小説 川崎サイト

 

傷だらけの天使


「一寸傷があります」
「それはいけない」
「心の傷です」
「オロナイン軟膏を塗っても治らないか」
「はい」
「メンソレータムは」
「ヒリヒリして、余計に痛いです」
「塗ったのか」
「心の傷なので、塗る場所がないので、塗っていません」
「胸に塗ればいい」
「そうなんですか」
「心の傷。胸が痛いのだろ。すっきりするぞ」
「いえ、それでは根本的な治療になりません」
「治したいのか」
「はい、心の傷が影響し、それが足枷になります」
「あ、そう」
「でも、いいのです。これは私にかせられた鎖、一生引き摺っていくしかありません。それが定めです」
「それで、何をするとき、その心の傷が影響する」
「さあ、よく分かりませんが」
「あ、そう」
「でも、いいです」
「じゃ、言わなければいいのに」
「私の様子が普通じゃないでしょ」
「そうだったか」
「その理由を、少し説明しただけです」
「気付かなかったが」
「そうなんですか」
「一般的だし、常識的だし、特に問題はないが」
「そうですか」
「ああ」
「でも無理に普通にしているので、それが痛いのです」
「心が」
「そうです」
「心の古傷に障るのだな」
「そうです」
「苦しいか」
「少しだけ」
「少し痛いだけか」
「そうです」
「じゃ、普通じゃないか」
「そうなんですか」
「まあいい。その話、よく覚えておこう」
「はい」
「しかし、どんな古傷かな」
「それを言い出すと、もの凄く苦しくなり、言えません」
「内容は、語らないと」
「はい」
「分かった」
「有り難うとございます」
「君を見ているとねえ」
「はい」
「心が痛む」
「はい」
「僕の古傷がうずく」
「すみません」
「まあいい」
「有り難うございます」
「オロナインで治るから、まあいい」
「はい」
 
   了

 


2020年5月20日

小説 川崎サイト