恐怖小説
川崎ゆきお
恐怖小説を読むと体調が悪くなる。
何かの祟りだろうか。
以前はそんなことはなかった。
私だけに起こる偶然かもしれないが、その後、読むのが怖くなった。
きっと何の因果関係もなく、その本を読む時期と体調が悪くなる時期とが重なるだけなのだ。そう考えた方が説明しやすい。
しかし、そのパターンが私の中で起こることを意識すると、続きを読めなくなり、読みかけの文庫本を閉じた。
そして、二度と開く気にはなれなかった。
これで三冊目だ。
いずれも最後まで読んでいない。読み続けると、さらに体調が悪くなるからだ。私はその文庫本を押し入れの奥に投げ込んだ。
恐怖が体調によくないのかもしれない。
心配事があると病気にかかりやすいと聞いたことがある。恐怖とは心配することなのかもしれない。あらぬ事を心配し、神経質になる。
それで自己治癒機能が狂うのだ。
前の二冊は既にゴミの日に捨てた。家にあるだけでも気分が悪くなるからだ。
その二冊も、今回のも、内容がリアルすぎた。いずれも、ここ二三年前を舞台にしており、今の現実と変わらない設定だ。
怪奇小説と呼ばれていたころの作品は、作り物の世界で、現実とシンクロする間合いが低かった。絵空事だったのだ。
しかし、ホラー小説と呼ばれるようになってから、恐怖の質が変わった。
実際にあるかもしれないと思えるような怖さがあり、それは読み物としての楽しさではなく、いかに精神的ダメージを与えるかというような鋭利な描き方なのだ。
体調を崩した三冊は、いずれもそのタイプの小説だった。私は散歩に出た。
災いの元を押し入れに投げ込んだので、体調も回復していくだろう
前の二冊も、続きを読まないことで、元に戻った。
私は昼間に寝る生活をしているので、散歩は夜となる。
徘徊老人と間違われるので、バイクで国道沿いの本屋やファミレスへ行く。深夜でも開いている本屋はありがたい。
その夜も本屋へ寄り、文庫本の棚を物色した。のんびりとした山手樹一郎の時代劇小説でも読みたかった。まだ読んでいない作品が残っていたので、それを買った。
そして、少し行ったところにあるファミレスで、時代劇調の活字を追った。
ページをめくるにつれ、いつもの私のペースを取り戻すことができた。
時代劇小説と私の世界とがリンクしているわけではない。むしろ恐怖小説の世界の方が私の世界に近いのかもしれないが、それは私が求めている雰囲気ではない。そういう世界には住みたくない。
人心地ついたので、ファミレスを出た。家に戻ると押し入れが少し開いていた。
きっちりと閉めたはずだが確認したわけではない。
また、今までも閉め忘れていることもあったかもしれないが、確認するようなことはしないので、こういうこともあるのかもしれない。
私は押し入れを開けた。
異状はない。
その奥に投げ込んだ恐怖小説が気になる。
押し入れが気になったのも、その奥にある恐怖小説の文庫本を気にしているためだ。
体調を気にしている時は、身体の一寸したことが気になる。それと同じだ。
私は患部を見る感じで、押し入れの奥へ手を突っ込んだ。
しかし、文庫本の手応えは伝わってこない。
使わなくなった中古カメラや、古い雑誌などが手に触れた。
その上部に文庫本が乗っているはずなのに、指先に当たらない。
私は頭にじんわりと汗をかいていることに気づいた。
その汗が前髪を濡らし、額を濡らした。
腹具合が悪くなってきた。冷や汗だ。
私はトイレへ走った。翌日も夜に起きてきた。
起こされたと言ってもよい。
悪夢に魘され息が止まりそうになったので、跳び起きた。
処分しなかったことが問題なのだ。
あの本を捨てなかったのが問題なのだ。
私は押し入れを見た。
寝る前に閉めたので、開いていない。
もし、開いていたら、私は恐怖小説の世界を信じてしまい、その後の人生観を組み立て直さなければならないだろう。
幸いにもその手間は省けたようだ。私はファミレスで軽く食事をし、山手樹一郎を読んだ。この状態を治してくれる特効薬なのだ。
やがて、いつもの私のペースに戻り、恐怖の世界は遠ざかった。
気にするからいけないのだ。結論はそれだけで、非常に単純なことだった。家に戻った私は、悪者を一刀の元に切り倒す素浪人の趣で、押し入れを開けた。
そして奥に詰め込んでいた段ボール箱や、樹脂製のユニットなどを引っ張り出し、奥まで見えるようにした。
恐怖小説は投げ込んだ。したがって、何かの上に乗っているか、手の届かない箇所に挟まっているかだ。
私は電気スタンドで照らしながら、奥を見た。
恐怖小説は奥の壁に引っ付いていた。
人生観を変える必要はなくなった。次の日から私は、体調も回復に向かい。元気を取り戻しつつあった。
そして、いつものように、ファミレスで本を開いた。
私は活字を追う間もなく、異変に気づいた。
脂汗が流れ、腹具合が悪くなった。
私は本をすぐさま閉じ、鞄に投げ込んだ。その文庫本は、あの恐怖小説だった。
私は鞄の中をもう一度調べた。
山手樹一郎の文庫本はなかった。
恐怖小説は捨てたはずだった。
ファミレスへ行く途中に川があり、その橋の上から投げ捨てた。私は、これからは本屋で、ブックカバーをつけてもらうことを断ろう…と決心した。
了
2004年5月23日