小説 川崎サイト



狂った夏

川崎ゆきお



 まだこんな暑い日が残っていたのかと思うような夏の終わりだった。
 酒田は何回か夏に狂っている。暑さで脳がおかしくなるためだ。
 その狂いは一年を通して見た場合のことで、猛暑で酒田のペースが狂うという意味だ。
 本当に頭が狂うわけではないが、それと同等の狂いがある。
 物狂いがある。ある事柄に狂うわけだが、それは常軌を逸するほど熱心になることだ。
 酒田の場合、そうではなく、熱心になれなくなる。これをペースが狂うとか、崩れるとか言う。
 猛暑が酒田を狂わせる。
 頭がぼんやりとなり、思考能力が落ち、情動が突き上げる。
 この情動の中身は、本音だろう。
 酒田は自宅で内職のような仕事をしている。単純なパソコン作業だ。
 クーラーをつければいいのだが、体に合わないのか体調が悪くなる。
 人よりは寒さには弱いが、暑さには強いと思っている。
 夏はクーラーも扇風機も使わず、窓からの風で涼をとっている。それで毎年夏を過ごすのだが、一日か二日だけ耐えられないような暑さに襲われることがある。
 汗が出ている間は、体の温度調整がうまくいっている。
 耐えられない暑さとは、神経がいらつく暑さだ。
 根気という根気が、根こそぎ抜けてしまい、狂ったようになるのだ。
 思考の糸が切れ、短絡的行動しか思いつかなくなる。
 年に何度もなく、一度もない夏もある。しかし、この状態が年間計画さえ狂わせるスイッチを押してしまう。
 やはりそれは狂ったとしか思えないような行動なのだ。
 酒田は内職のギャラを上げてくれと電話した。上げないと続きはしないと脅した。
 そんなことが通るはずがない。言える立場ではないのだ。
 先方は怒った。
 それで仕事が切れた。
 電話後、酒田は炎天下の道路を帽子もかぶらず歩きだす。
 顔は笑っている。本音の情動が走ったのだろう。
 そのせいか、すっきりした顔で歩いている。
 
   了
 
 



          2007年8月14日
 

 

 

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