小説 川崎サイト

 

木ノ株屋吉左衛門


「木ノ株屋吉左衛門さんのお屋敷は、こちらですか」
「屋敷というほどの規模ではないじゃろ。ここは裏長屋」
「あなたが木ノ株屋さんですね」
「旦那様はここにはいない」
「そうなんですか。少し商談がありましてな」
「じゃ、本邸へ行きなされ」
「そんなのがあるのですか」
「山の中じゃが」
「分かりました。場所を教えて下さい」
 商人は場所を聞き、二日ほど旅をし、三日目の宿場からその本邸へ向かったのだが、山を抜けないといけない。本邸は山中にあるといっていたので、覚悟の上だ。
 木ノ株屋吉左衛門は名うての商人で、つまり名高い。よく知られている人だが、店はない。店とは一般客に商品を見せる場所。だから見せ。木ノ株屋吉左衛門が扱っているのは、そういった品ではない。いわば商社のようなもの。
 そのため、立派な御店は必要ではないので、裏長屋に住んでいる。貧民窟なので泥棒も来ない。むしろ泥棒に出掛ける側。
 さて、その商人は川伝いに山を抜け、山小屋まで辿り着いた。そこまでは樵道がしっかりとあり、迷うことはなかった。ただ、山中なので、家はここ一軒。しかも小屋程度。
「わしが吉左衛門じゃが、何か用か」
 商人が商人を訪ねて来たのだから、用向きは分かっている。
「あなたが有名な木ノ株屋吉左衛門さんですね。お目にかかれて嬉しい限りです。伝説の人ですから」
「いやいやそれは昔の話、最近は故郷の山野に引き籠もっておる」
「ここが故郷なのですか」
「ああ、樵の息子で、ずっと山暮らし。だからこのあたりの山々が故郷じゃよ」
「里帰りといいますが、ここは里じゃなく」
「そう、山帰り」
 商人は何か美味しい話はないかと、用件を切り出した。吉左衛門はその手の客に慣れていたが、これといった話はない。あれば自分でやっているだろう。
「それでは私と組んで……」と商人は持ちかけた。美味しい話を持参、つまり土産持参だったようだ。
 吉左衛門はその話を聞き、乗り気になった。
 それには元手が必要で、出してくれないかと言われたので、吉左衛門は千両箱を取り出した。
 商人は百両でよかったのだが、千両箱をムシロに巻き、それを背負って山を下った。
 当然だが、中は石に変わっていそうだ。
 商人は里に降りたとき、そうではないかと、不安になったが、重さは同じ。
 そして旅籠でそっと開けてみた。
 中から出てきたものは、想像を超えていた。
 
   了


2020年6月27日

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