小説 川崎サイト

 

上田さんに聞け


 黒田はモニターの表を見ながらため息をつく。右肩下がり。息は息でもため息。それで気が抜けた。
「上がりそうだったんだがね。駄目だなあ」
「下がる一方ですね」
「滑り台だ」
「しかし、何度か上がりかけましたよ」
「滑り台の瘤程度だ」
「はい」
「立ち上げのときが一番で、それを越えられない。ジリジリと下がっている」
「よくあることですよ」
「これは上がらないと困るんだ。立ち上げのときはスタートで、そこからどんどん上がらないとね。そうでないと話にならん。上田さんに相談してみる」
「それがよろしいかと」
 上田さんというのは仙人のような人で、浮き世離れしている人。だから逆にその意見を聞くのは新鮮で、思わぬヒントを与えてくれる。
「下がり続けておるとな」
「そうです。何とかなりませんか」
「水は高きから低きへと流れる。それだけのこと」
「じゃ、水だったのですね」
「さあ、下へ流れるのは水じゃろう」
 黒田はこの単純な解答で目が覚めた。
「どうでしたか、上田さんからいい知恵を頂けましたか」
「水だった」
「あ、はい」
「下へ行って当然。下へ下へと行って当然。この表、何の不思議もない。あたりまえのことだったんだ」
「まあ、このプロジェクトそのものが水物ですからねえ」
「そうだね。水商売のようなものだ」
「引きますか」
「いや、かなり突っ込んでおるし、手間もかかっている。全部無駄になる」
「でも下る一方でしょ」
「もう一度、上田さんに聞く」
「あ、はい」
 先ほど行ったばかりなのに、黒田はまた仙人の上田さんを訪ねた。
「おや、何か忘れ物でも」
「やはり水でした。これはどうすればいいのか」
「火の敵は水」
「ああ、そうか。分かりました」
 黒田はすぐに戻った。
「分かったぞ」
「それはよかったですねえ」
「水は火に強い」
「はい」
「だから、火に向けるのだ」
「火って、何ですか」
「火は火だ」
「火曜日とか」
「違う」
 黒田は火が何に該当するのかを聞きに、また上田さんを訪ねた。
 今度は、上田さんは留守のようだった。
 
   了


2020年6月29日

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