小説 川崎サイト

 

楽しい話


 少しだけ楽しみにしていたものを果たした立花は、少しだけ妙な気持ちになった。これはもっと先送りしておいた方がよかったのではないかと。
 少しだけ期待していたのだが、その少し分は満たされたが、どこかもっと凄いところまで期待していたのだろう。その轍があるので、あまり期待をしないようにしていた。それこそ少しだけの期待。だが、心の奥底では別だったのかもしれない。
 先送りとは、蓋を開けないこと。玉手箱の蓋と同じで、開けるまでがお楽しみ。そのお楽しみ期間が短すぎると、待つ楽しさがなくなる。しかし、賞味期限があるわけではないが、あまり放置していると、もう興味をなくしてしまうときもある。万感を満たして……というタイミングが難しい。早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目。
 どちらにしても蓋を開けると、それで終わる。
 立花はそれを終えたあと、すぐに白羽を別の方向へ向けた。つまり次の楽しみだろう。それはいくらか候補がある。ただし、楽しめるかどうかの保証はないが、それらしい雰囲気はある。その標的がいくつかあり、次はどれを狙うかだ。
 楽しみが終われば、次の楽しみへと向かう。祭りの最中でも、次の祭りのことをもう考え出すようなもの。
 そして、次のターゲットだが、それには方向性がある。目的を果たしたとき、ある程度その方角が修正されたりする。蓋を開けたあと、狙っていたのは、これに間違いはないのだが、少し違う。その違和感が、次の方針になる。
「次の目的ねえ」
「いや、大したことないよ。ただの楽しみ、娯楽だから」
「いや、それが実は大事なんだ。むしろサブじゃなくメインかもしれないしね」
「ほう」
「仕事に生きがいを感じなければ、そちらへ行くよ。そこには自在さがあるし、自分がメインだ。その上の人はいないし、誰も命じない。自主的なんだ。だから、こちらの方がメインだったりする。自分らしく生きているかどうかのね」
「そうかもしれないなあ。仕事をしていても、次の楽しみのことばかり考えている」
「たとえば旅行好きの人なら、そればかり考えているだろ。仕事は旅行へ行くための資金を稼ぐため、とかね」
「そういうこともあるけど、心理的なこともあるんだ。思っていたものと違っていたり、期待していたものではなかったりとかね。そのあたりのことをいろいろ考えていると、感慨深いものがあって」
「ほう」
「望んでいたものが違うのではないかとか」
「でも楽しいことなんだろ」
「うーんそこが微妙。期待が大きいと、楽しくない。逆に期待していないものが良かったりする。期待していないのに望んでいたど真ん中に来ていたりするとショックだよ」
「じゃ、期待の問題かい」
「だから、期待しないようにしているんだけど、楽しみに取って置いたものほど期待していることになる。これがいけない」
「じゃ、いきなりがいいんだね」
「期待していいかどうかの判断が付かないうちにね」
「まあ、一度良い目に遭うと、期待するよ。それこそ柳の下のドジョウ」
「でも同じドジョウだと、少し物足りない。その上をいかないと」
「まあ、何でもそうだよ。しかし、楽しいことは別かもしれないねえ。贅沢になる」
「その問題もあるけど、方向性というのが何となく見えてくる。こちらの方が楽しかったりする」
「いずれにしても楽しい話なんだから、いいじゃないか」
「そうだね」
 
   了



2020年7月17日

小説 川崎サイト