小説 川崎サイト

 

価値の病


 佐竹は求めていたものを得たので満足した。その満足感とは、すっきりとしたことだろう。滞っていたものが、スーと通ったような感じ。便秘ではないが、出たときは気持ちがいい。張っていた腹がすっきりする。出すものは出した方がいい。
 さて、佐竹の求めているものは、実はそれではないが、それに近い。おそらくその延長線上にあるものだが、行き過ぎると、また違ってくる。最終地点があり、またこれが究極だと思われるものは、意外と満足感はなかったりする。そして案外ありふれたもので、普通のものがよかったりする。
 佐竹が求めているのは、微妙なチューニングだ。中間だろうか。間。これとそれの間ぐらい、というのがいい。だからゴールになるようなところは、その中間ではない。終着駅のため、先がもうない。
 その終着駅に来てしまうと、あとがない。戻るしかない。それでは不満だ。
 佐竹が求めているものは、この世にはないのかもしれない。それは幻想のようなもので、現実とは少し違う。求めているのが現実ではなく、幻想的なものだとすれば、これは際限がない。それだけに広い。
 それだけではなく、初期の頃に求めていたものが変化し出す。気付かなかったものを見出すため。これは新たな価値だ。最初はなかったのだから。この価値というのは佐竹だけの価値かもしれない。誰でもそういった自分だけの宝物のようなものを持っている。
 佐竹は満足を得たのだが、次は何処へ行こうかと探している。大凡のことは分かっている。ただ、満足を得られるだろうと予測できるものは逆に怖い。この怖さは裏切られたときの残念さだ。期待が大きいほど、それがある。
 だから本命というのは怖い。
 よくある価値、最初はそれに引っ張られるのだが、徐々に佐竹が見出した価値も加わる。
 価値を見出す。これが実は本命なのかもしれない。
「間に何かあるんだ」
「間」
「中間」
「それはきりがないでしょ。間の間の間の間と」
「そうなんだ。一本道の先より濃い」
「一本道には終わりがあるからね」
「やり過ぎても駄目だし、足りなかっても駄目」
「中間は難しいよ」
「そうなんだ。それに気付いたんだ」
「中途半端というのもあるでしょ」
「ある」
「それについては、どう思う」
「最近そういうのに興味がいくようになった。中途半端さ加減が好ましいと」
「ほう、見出したね」
「半端なほど伸び代があるし、位置が微妙」
「絶妙というやつだね」
「そうなんだ」
「徹したものより、いいと」
「徹したものは厳しい。しんどそうだ」
「中途半端はいけないんじゃない」
「いや、中途にもよるし、半端にもよる。いいタイミングで決まれば、絶妙となる」
「それで、佐竹君は何をしているんだった」
「何もしていないけど、色々と見ている」
「あ、そう。じゃ、観察眼が上がったんだ」
「色々とね」
「まあ、価値の病というのがあって、それにかかると当分飽きないので、いいよ」
「そうだね」
 
   了


2020年7月27日

小説 川崎サイト