小説 川崎サイト

 

黒橋


 何もないのだが、何かある。そういう日々を黒橋は送っていた。妙な名だが、先祖が大きな大名に仕えており、その屋敷が城の黒橋の近くにあった。
 黒塗りの橋で、黒橋と呼んでいた。その橋も通称で、正式な橋の名はある。大手門の左右にある二つの門の堀に架かっている橋。普段は使われていない。殿様とその一門専用の門で、橋もそうだが、門は開いており、橋を渡る人も多い。そこから入った方が近い人もいるのだろう。
 重臣の黒橋だが、これも本当の姓はあった。しかし、役職や官位で呼ぶことが多いように、黒橋殿とか黒橋様と呼ばれることが多かった。直接名を言わないのも礼儀だろう。
 その通称の黒橋、ただの橋を指し、その袂にある屋敷を指し、そして屋敷の主を指すようになるのだが、この期間が長かったので、いつの間にか黒橋と姓を改めてしまった。これは殿様からの命令。黒橋は殿様とその一門しか渡れないとされているので、名誉なことだろう。しかし、実際には誰でも自由に橋を渡り、門を潜っているのだが。
 その末裔の黒橋が、何もないのだが、何かあると呟いている。決して武家時代のことではなく、最近のこと。
 何もないことはないということだろうが、では何があるのかというと、何もないということがある程度。だから、ないのだ。
 これは黒崎が最近気になっていることで、何もないはずのところに何かが結構ある。その経験から来ている。何かありそうなところには何もなく、ありそうでないところにあったりする。これは非常に興味深い。
 それを意識しだしてから、何もないものでも、何かあるのではないかと、注意しているが、実際には何もないことの方が圧倒的に多い。何かあるためにはそれなりの条件が必要だろう。条件が揃っているので、何かあるはずだ、となる。
 見た感じ、健全そうだが、中に入ってみると、かなり怪しかったりするし、見た感じ過激なのだが、中に入ると、結構大人しかったりする。
 そういった見てくれに欺されることが多いので、情報など当てにならない。黙して語らずもあるし、暗黙の了解というのもある。表には出ない。
 曽木というのが黒橋の前の姓だったことを聞いたことがある。黒橋の中身は曽木なのだが、曽木がいつの間にか黒崎になり、黒崎の中に今では全てが含まれており、曽木に関しては古すぎて、もう何か分からなくなっている。だが、大名に仕えていた頃の曽木、即ち黒崎だが、曽木の墓がある。そこはそのままなのだ。
 黒崎はこの先、屋号やペンネームのようなものが必要になったとき、その曽木を使おうと思っている。
 
   了
 

 


2020年8月22日

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