小説 川崎サイト

 

大事を見て小事を見ず


「秋風の吹く頃」
「まだ暑いですよ。夏はまだまだ続きますよ」
「いやいや、夜中に、そっと吹いたりしているのです。夏場、鳴いていなかった虫の音も」
「寝ているので、その時間は関係ありません。それにまだまだ熱帯夜が続いていますよ」
「お盆を過ぎると秋が忍び寄ってくるのです」
「確かに昨夜は風がありましたが、涼しい風じゃなかったですよ」
「まだ早い」
「そうでしょ」
「時間が」
「時間」
「夜明け前に吹く」
「寝ています」
「涼しい風が入って来ます」
「そんな時間まで起きているのですか」
「はい、昼間は暑いので、夜にシフトしました」
「ゴミは出せますか」
「出してから寝ます。しかし、早すぎると駄目なんです。夜中に出したと思われる」
「そんな決まりがあるのですか」
「それに早すぎるとカラス除けの網がまだかかっていません。これは当番があって、その人がセットするのです。それが終わってからのゴミ出しで、それまでは出しちゃ駄目なんです」
「でもそれじゃ寝る時間が遅くなるでしょ」
「遅いといっても皆さんが起きる手前の時間です」
「で、ゴミは出せるのですか」
「だから、セットが終わるまで待機します。当番により、セットが遅い人がいる。私の寝る時間が遅くなる。日が高くなるまえに寝るのです。眠れば暑くても大丈夫。分からない。気にならない。またクーラーは付けてますから問題ありません」
「夜中も付けているのですか」
「起きているときは付けていません。付けておれば秋の風など分かりませんからね」
「はい」
「先日、カナヘビが家に入り込みましてね。ヤモリかイモリかと思ったのですが、カナヘビの小さなやつです。蛇ですがトカゲと同じように足がある。しかし名前は蛇なんですね」
「カナヘビは秋ですか」
「さあ、そこまで知りません」
「はい」
「そのカナヘビ、かなり早い。素早い。ヤモリのつもりで見ていると、その敏捷さに驚く。蛇よりも早い。私と遭遇し、さっと逃げました。しかし、家の奥へと逃げたようなんです。それでまた遭遇。カナヘビはまた逃げました。今度はどこへ逃げたのかは分からない。そして奥の部屋へ行くと、また遭遇。私の行くところ行くところへ逃げるのです。これは雀がそうです。道の前方へ前方へ逃げる。横へ逃げればよいものをね」
「そのカナヘビ、どうなりました」
「さあ、そのあとは、何処かへ行ったようです、しかし二日後、また姿を現しました」
「カナヘビと秋の風は関係しますか」
「しません」
「了解しました」
「一見関係のないような些細なこと、一寸したことですね。それらは何かの兆しなんですよ。直接の関係はありません。大事を見て小事を見ずです」
「それが何か」
「小さなものの中にかなりの大事が含まれているかもしれません。だから小事を見て大事を見ているわけです」
「秋の風とカナヘビ、何かその後、役立ちましたか」
「役立ちません」
「はい」
 
   了

  


2020年8月24日

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