小説 川崎サイト

 

風船頭


 朝夕涼しくなりだした頃、上原は何となく元気がない。夏の暑い盛りの方が元気。暑さでダレていても、何処か元気が燃えている。暑いので元気に引火するわけではないが、勢いがある。
 それが秋の風が吹き出すと、急にシュンとなる。燃えていた頭や身体が平常に戻り、冷静になるのだが、その冷却作用がいけないようだ。元気まで冷やしてしまう。
 冷やす原因は冷静さ。冷静になることで晴れていた気に水を差す。まあ、それで過ごしやすくなり、ダレないで物事を行いやすくなるのだが、上原は違うようだ。
 冷静になると、自分のやっていることを上から見ることができる。横からでもいい。それは一体どういうことなのかを全体から推し量った目で見ることができる。これがいけない。
 それで、冷静になると、元気でやっていたことに水を差す。頭を冷やせというのがあるが、冷やすと冷静になりすぎて、動けなくなったりする。
 暑いときは内も外も熱気。頭の中も熱気で膨張。これは妄想の風船を膨らませるようなものだが、やり過ぎるとパンと破裂する。その寸前まで膨らます。
 涼しくなってくると、風船の膨らみも小さい。だから弾まない。パンパンに張った風船は一寸指で押しただけで、すっと動くだろう。
 秋風は涼しくていいのだが、風船の膨らみが減る。指で突けば動かないでへこむだけ。その状態に上原はこの時期になる。だから動きが怠い。
「上原君、それはただの夏バテだよ」
「怠いです」
「だから、夏場の疲れが溜まっていて、それが涼しくなるとどっと出るのです。よくあることです」
「しかし、膨らんでいた風船が」
「知りません。そんなもの。どうせ妄想でしょ」
「それで勢いがあったのです」
「まあ、そんな頭の話じゃなく、夏の疲れ、暑さ疲れです」
「膨らませすぎたのでしょうか」
「そうだと思いますよ」
「元気が欲しい」
「いや、涼しくなってきたので、元気になる人もいますよ。暑いときは死んでいましたが、涼しくなると起き上がってくるとかね」
「僕はその逆だったのですね」
「そうだと思いますよ」
 熱気球のように飛んでいきそうな程の上原の風船だったが、その風船頭も秋風と共に萎んだようだ。
 
   了



2020年8月27日

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