小説 川崎サイト

 

逆振り


 特徴のあるもの。何か他と違うもの。不思議なもの。怪しいもの。当然素晴らしいもの。滅多にお目にかかれないようなもの、誰もが感動するようなこと。等々が注目に値するのだが、それなりに癖の強いものもある。特殊なものや、例外のようなもの。中には掟破りなものも。
 いずれもそれなりに目立つ。だからそれを見たり触れたり、またはイベントなら参加したりする。当然そのタイプの本なら買って読むだろう。特徴があるためだ。読むに値する何かが。
 西村はそういうものを漁っていたのだが、最近何でもないものにピントが行くようになった。ただの自転車、変哲もないママチャリ。そういうのをじっと見ているほうがおかしいだろう。何処にでも植わってそうな街路樹、その中の一本と他の一本の違いなど、ほとんどない。どの一本でもかまわないのだが、偶然足を止めたときに見た一本の街路樹をじっと見詰めている。決して珍しい木ではなく、梢や幹に何かいるわけではない。逆にいえば、そういうのをじっと見ている方が不思議なのだ。
 西村はそれに気付いたわけではないが、珍しいものを漁りすぎたため、そうなったのかもしれない。これは応用問題ではない。何でもない茶碗に価値を与えるというようなひねくれたことでもない。
 要するに目を休めたいだけかもしれない。何でもないだけに何もない。何もないことはないが、特にこれといったものはない。街路樹の幹に蟻が登っているのを見たとしても、決して不思議な生態ではなく、あるだろう。
 西村は何がきっかけかは分からないが、何でもないものに安らぎを感じた。刺激がない。逆にそれがいい。休めるためだ。だから安らぐ。憩える。
 いつもは一寸変わった店で食事をするのだが、そういうことも辞めた。着るものも、そんなもの何処で売っているのかというようなものではなく、どの店に行っても似たようなものが吊されているようなタイプ。実に何でもない衣服。
 一枚の安っぽいカッターシャツ。しかし、よく見ると、それなりのデザインが成されている。それが大きく目立つようなことはないのだが、そのシンプルさが潔い。拘りのなさがいい。
 西村は元来濃い性格で、油っぽい。その濃さを少し薄めた。油も抜いた。
 すると、さらっとした人間になれるわけではないが、脂ぎった暑苦しい眼差しがましになる。これはましになっただけで、まだまだ濃い。
 それで、普通のものをじっと見ていたり、興味ありげに見ていると、逆に不審がられる。
 何でもない安っぽい建て売り住宅。有名な建築家が設計したわけではない。だから、そういう家をじっと見ていると、不審がられる。
 しかし西村は、何でもない建物をそれなりの見方で見ているだけ。今まで、興味がなかったものをしげしげと見ているだけ。
 何でもないことなのだが、そこに何かが潜んでいる。逆に何もない方が、豊だったりする。
 西村は逆方向へぐっと振りすぎたようだ。
 
   了
 


2020年9月4日

小説 川崎サイト