小説 川崎サイト

 

石人


「これが猫石で、これが蛸石。そしてこれが赤目石」
「その赤目石は何ですかな」
「この二箇所、水で濡らすと赤くなります。その二箇所、丁度人の顔の目の位置に近いでしょ。それで赤目石」
 妖怪博士はそれらの石を丁寧に見ているが、何処かで落ちているような石。人が手を加えたものではないようだが、この石人がその後、磨いた形跡がある。
 石人、それは石をめでる人で、また集める人、そして石に対しての信仰がある。そういう秘密結社のようなものがあったのかもしれない。だが、この人はそれとは関係がないようで、ただの趣味だと言っている。
 名も岩代といい、これは屋号かもしれない。石と岩は近い。石代ならそのままだ。岩代なら屋号にして大きい。昔の国名だ。そして官位として使われただろう。
「猫が入っているのですかな」
「泣き石です。この猫石は耳を当てると猫の泣き声が」
 妖怪博士は漬物石ほどの重さがあるので、持ち上げるのが厳しいので、こちらから耳を持っていった。そのはずみに胸のポケットからタバコが落ちた。
「聞こえませんが」
「たまに聞こえます。ずっと泣いている猫などいないでしょ」
「やはり猫が入っていると」
「そうです」
 妖怪博士はそれを見抜く力はない。これはその種の感覚を持ち合わせていないため。
「まだ、色々とありますが、見ますか」
「いや、これで十分です。私が見ても何ともならないと思いますしね。専門外です。しかし、どうしてこの種の石を集めておられるのですかな。趣味だというのは分かりますが、何故石ですか」
「さあ、子供の頃から石をよく集めていました。何かに似た石を。庭にその頃の石を蒔いています」
「石を蒔く」
「小石ですから」
「砂利のようなものですな」
「そうです。その中に妖怪が入り込んでいるのではないかと思いまして」
「残念ながら、私には分かりません。それよりも石に拘る理由は何だと思います」
「さあ、子供の頃からなので、特に考えがあったわけではありません。ただ拾ってくる石に変化はあります。最近は漬物石ほどの大きなものが好みです。程良い大きさですから。でも重いので、運ぶのが大変です。車があっても、発見した場所は川際なので、どうしても歩いてでないと上り下りできなかったりします」
「お仲間はおられますか」
「いません」
 妖怪博士は石の結社を考えたようだが、違っているようだ。
 石に何かが入っているのではなく、この岩代さんに何かが入っているようだ。
 そのことを言おうとしたが、その程度のものは種類は違うものの誰にでも入っているので、敢えて言うほどではないので、やめた。
 帰り際、蛙石を頂戴した。これは小さい。
 その蛙石の説明を担当の編集者にしているとき、以上のようなエピソードを語った。その石は妖怪博士宅の庭に無造作に置かれていた。
 
   了
  

 


2020年9月8日

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