小説 川崎サイト

 

大義名分


「人を動かしているのは、何でしょう」
「昔と今とは違う。今は大義名分などはない。細々とまだその古典をやっておる人はいるが、例外だろう。まだそれが生きている世界もある」
「今は何でしょう」
「昔もいたかもしれない」
「今は、何でしょう」
「知りたいか」
「はい」
「君の思っていることとほぼ同じだろう」
「はあ」
「だから敢えて答えなくてもいい」
「私が思っていることですか」
「そうだ」
「私を動かしているものですね」
「そうだ」
「さあ」
「ないのか」
「あるはずですが」
「家のためか」
「さあ」
「仲間のためか」
「さあ」
「仕事のためか」
「それは少しありますが、仕事はよく変わります」
「血のためか」
「血」
「血縁とか」
「それはありません。そんな時代劇のような」
「じゃ、何だ」
「ありました。でも、それでいいんでしょうかねえ」
「それでいい」
「実は、私を動かしているのは」
「動かしているのは」
「楽しみです」
「そう来たか」
「はい。楽しみです」
「楽しみたいと」
「だから、恥ずかしいので、人にはなかなか言えません。それと楽しみといっても色々ありますし、コロコロと変わったりします。一つじゃありません」
「正解だろう」
「そ、それが人を動かしているものですか」
「うむ、そのあたりのことだ」
「でも、私の場合、もの凄く個人的で、プライベートすぎて、人には言えません」
「それが動かしておる」
「つまらないことですよ。もの凄く大事なことじゃありません」
「事を成すよりも、成したあとの一服の茶が美味しいので、それを飲むのが目的」
「え、そんなの、最初から飲めばいいじゃありませんか」
「味が違う」
「でも、人を動かしているのが、お茶じゃ」
「君も似たようなものだろ」
「まあ、そうです。お茶を美味しいと感じたことはありませんが、お茶漬けは好きです。でもお茶漬けのために生きているわけじゃありませんから。それこそ人に言えない」
「人に言えない。それが正解なんじゃ。人を動かしているものの正体はな」
「はあ」
「そして自分を動かしているものを正確には言えない。大義名分のようにな」
「なるほど」
「分かったかね」
「違うと思いますが、分かったような気になりました」
「うむ」
 
   了


  


2020年9月15日

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