小説 川崎サイト

 

暗い散歩


 雨が降りそうなのだが降らない。雨を呼ぶような強い風が吹いているが、雲の流れが見えにくい。雲としての輪郭がない空で、真っ白。たまに色が変わるが無彩色、しかし濃淡があり、墨絵ほどには見事なボケ具合ではないものの、少しは変化がある。また灰色雲の手前に白い雲が流れて行ったりする。僅かながら輪郭がある。灰色と白との境界あたりが輪郭となり、白い雲に形があるように見えるが、それも風で流れて行くのか、形が変わる。
 雨具は用意してきたが、こんな日に散歩に出るのは失敗だったのではないかと中村は考える。合羽を着てまで行くような場所ではない。それに降るか降らないかが分からないのなら、折りたたみ傘でもよかった。合羽を持ってきたのは、買ったばかりのため、袋に入っている。二度とその袋など使うことはないほど窮屈な入り方。もう一度入れ直せと言われても、面倒だろう。しかし、開封していないので、もの凄く薄く小さい。それで、鞄に入れたのだ。折りたたみ傘よりも軽い。
 散歩に出るなら今日しかない。それは明日から忙しくなるため。散歩など呑気なことなどしてられないので、今日がその最後。
 何が、その最後なのか。
 風はあるが、雨は降らない。まだ持つようだ。しかしこの強い風では傘は駄目だろう。やはり合羽を持ってきてよかったと思う。ただ、降っていないので、まだ着ていない。
 明日からのこと。これは苦痛だ。しかし、それをしないといけない。そういう義務がある。
 本当に義務だろうか。
 中村はそこのところを考えてしまった。そこに針を入れてはいけない。
 空が暗くなってきた。夕方に近い。雨が降っていないだけ幸いだが、散歩を楽しむという感じではない。それに今、何処を歩いているのかが分からなくなってきた。平凡な市街地。山中なら別だが、迷うことはない。バス停はあるし、大きな道に出ればどのあたりにいるのかはだいたい分かる。しかし、中村は裏道を選んで歩いている。
 その裏道に入り込むと、普通の住宅が建ち並んでいたりする。賑やかなのは大通り沿いだけのようだ。大きな街と街の間、その中間ほど手を抜いているわけではないが華やかさがない。ただ、この華やかさとは店屋の演出だろう。ただのしもた屋が並んでいるだけの通りは地味。
 明日から忙しい。呑気なことができるのは今日限り。それにしても地味な過ごし方だ。
 ただ、一人でポツンポツンと歩いていると、色々なことが頭をよぎる。当然明日からのことが一番多いが、急に昔のことを思い浮かべたりする。
 そして裏道を抜けたのか、大通りに出た。これで場所が分かった。雨が本当に降りそうなほど雲行きが怪しいので、中村はバス停を探した。歩道を少し行くと、すぐにバス停は見付かった。
 そして、駅へ向かうバスが入ってきたので、それに乗る。これで散歩を終えたことになる。
 その翌日、中村は姿を消した。
 
   了

 




2020年9月22日

小説 川崎サイト