小説 川崎サイト

 

妖怪の自首


 彼岸花が咲く頃、妖怪の目撃談が多い。この花は縁起の悪い花とされている。
 妖怪博士宅への訪問者が増えるのも、この季節。そのほとんどは妖怪を見たとか、出たとかの話。妖怪博士に正体を教えてもらおうと詰めかける。そこまで多くはないが、普段よりも多い。普段は藪医者のようにすいているが、ここ数日は客が多い。
 妖怪博士にとり、かき入れ時。妖怪封じの御札が舞うように売れる。
 その中の一人を紹介しよう。これは少し例外で、珍しい客のため。
「出ましたかな」
「既に出ています」
「ほう」
「僕が妖怪なのです。探さなくても、僕自身がそうなので」
 一見して妖怪っぽくない青年だ。そのへんにいくらでもいそうな人で、三人ほど、そういう人が来た場合、違いが分からないかもしれない。それほど印象に残らない人が自分は妖怪だと名乗っている。
「自首して出ました」
「何か、悪いことをしましたかな」
「いいえ」
「じゃ、自首じゃない」
「妖怪を捕獲してきました」
「また、ややこしい」
「はい」
「で、何処が妖怪なのですかな」
「たまに妖怪が出るのです」
「何処に」
「ここに」
「今も出ておるのですかな」
「今も出ているはずです。漏れているはず」
「漏れる」
「はい、妖怪が漏れてきて、僕は妖怪になってしまうのです。いや、もう既に妖怪になっているはずです。だから名乗り出たのです」
「最初の頃はたまに漏れるだけでしたか」
「はい、何か変だなあと思うと、妖怪になっていました。すぐに戻りましたが」
「今は戻らないと」
「はい、だから、妖怪を抜いてもらいたいと」
「人間であるあなたと妖怪であるあなたとの違いはどのあたりですか」
「ああ、今は妖怪ですが、あまり変わりません。人間だった頃と」
「じゃ、戻ったんじゃないのですか」
「そうなんでしょうか」
「それで、妖怪になったあなたは、何をされていました。きっと妖怪らしいことをされていたのでしょ」
「いいえ」
「違うと」
「何故か妖怪になったような気分になるのです」
「気分」
「はい」
「じゃ、気のせいでしょ」
「そうなんですか」
「あなたは今、どう見ても人間ですよ」
「じゃ、妖怪は引っ込んだのでしょうか。また漏れ出すと思います」
「漏れても大した変化はないのでしょ」
「はい」
「じゃ、解決しました」
 しかし、青年はまた漏れるかもしれないといい、何とか処置をして欲しいと頼んだ。
 当然妖怪博士は妖怪封じの御札を渡したが、自分の身体に貼ることになる。それでは何なので、封じ袋に御札を入れ、それを肌身離さず持っているように伝えた。
 青年は納得して出ていった。
 この話も、特に語るようなことではない。
 
   了
 



2020年10月2日

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