小説 川崎サイト

 

蜘蛛の糸


 上を見てもきりがないが、横を見てもきりがない。下を見るとすいている。数人しかいないだろう。
 上田は、それら下の人間の上にいる。それだけでもましだが、誇れるものではない。下がひどすぎる。最初からやる気がないのは、それだけの器量が最初からないことを知っているので、無駄なことはしないのだろう。
 だが、上田は違う。上を目指している。しかし上を窺う横の人がもの凄い数で並んでいる。これでは上へ行けるのはほんの僅か、ほとんどはそのままだろう。しかし、横にも序列がある。横並びなのだが、僅かながらの差はある。しかし、頭一つ飛び出さないと、上には行けない。行けないから横並びから脱せないで、そこにいる。
 そして上はすいている。それなら、大勢が上に行っても大丈夫なほど。しかし、それが上の世界で、多いと上が上でなくなる。
 下は完全に諦めているが、上田達の横並び連中はまだやる気はあるが、あまりやる気を出し続けて長い人は、疲れてもう動かなくなっている。上へ行く気がなくなったのだろう。そのチャンスはあるが、あるだけ。
 ある日、上田の鼻先に蜘蛛の糸が降りてきた。上へ登るチャンス。これは偶然だろう。つまり上へ行くには偶然しかもうない。その偶然が天からの蜘蛛の糸。上へ行ける糸。
 当然上田はその糸を掴み、這い上がろうとしたが、これも当然のように横の連中も、その糸を掴んだ。先頭は上田。しかし下に数え切れないほどぶら下がっている。これでは糸が切れるだろう。
 案の定、中程で糸が切れ、多くの人が落ちた。切れたのは下、上田の下にあと数人まだぶら去っている。これも切れるだろう。
 上田が恐れたのは上田の手元の糸が切れること。そうなれば上田も落ちる。
 だから足元で糸を切れればいい。
 上田は重さで切れる前に、足元の糸を切ろうとしたが、足だけでは切れない。足をハサミのように挟んだり、足の指で挟んだりしたが、そんな柔らかいものでは切れない。
 そのうち、すぐ下にいた奴が上田の足を掴んだ。
 これはいけないと、上田は蹴り下ろす。すると、下に落ちた。
 いい感じになったので、上田は身体をゆらした。すると、下はバタバタと落ちていった。簡単なことなのだ。
 そして上が見えてきた。あと一息。
 そのとき、何かが起こる。これは当然だろう。
 だが、それは上田の内面から来た。
 今まで蜘蛛の糸を頼りに登ってきたが、こんな細い糸で、よじ登れるはずがない。手を切るだろう。それなりの太いロープでも難しい。腕の力がどれだけいるのかを考えると、登るどころか、ぶら下がっているだけでも数分も持たないだろう。それよりも蜘蛛の糸がこんなに強いはずがない。
 それが頭によぎった瞬間、事は終わった。
 蜘蛛の糸では登れない。
 
   了


 
 


2020年10月6日

小説 川崎サイト