小説 川崎サイト



簡単

川崎ゆきお



「昔できなかったことで、今できることが多いね」
「そうですねえ。昔なら無理だと諦めていたことでも可能になってますねえ。全てじゃないですが」
「金を出せば手に入る。昔なら高くて買えなかったものでも今は買える」
「買い物の話ですか?」
「それも含めてだ」
「先輩がこういう話をやる時は、何かある時ですね」
「よく分かるね」
「いつもの遠回しな」
「具体的には言えないがね。私が若い頃にあればよかったと」
「たとえばケータイとかパソコンとかですか」
「まあ、そういうことだ。あればもっと世界が広がっていたかもしれない」
「そうでもないですよ」
「ほほう、若い君がそう言うか」
「みんな持っていると当たり前になるでしょ。逆にないと不便ですよ」
「そうだな」
「むしろ先輩達の世代のほうが奥深いですよ」
「無駄な時間を多く使った。今なら簡単だがね」
「時代がゆったりしていたのでしょうか」
「それほど私は古い人間じゃないよ。結構世の中は慌ただしかった。今思えばあっと言う間だ。その割りには大したことはしていない」
「さっきの話なんですが?」
「どんな話だっけ?」
「昔できなかったことで、今は簡単に……という」
「ああ、それね。一般論だよ」
「それですよ。そうして一般論として扱えるところが先輩達の渋さです」
「渋くはないさ……ただ、自分のことをあからさまに主張しないのが決まりだ」
「決まりごとですか」
「まあ、私らの仲間内ではそうだね。一般化できない話は、プライベートな話で、広げるのが難しい。本人がそうだというのなら、それはそうなんだ。それを動かすには骨が折れる作業となる」
「いや、もうついて行けません」
「悪い悪い、無理に面倒な言い方をした」
「それで、何でしょうか?」
「具体的な話かね」
「はい」
「女性からメールが来てるんだ」
「ちょっと拝見」
「知らない相手だ」
「先輩、これ、広告です」
「毎日何通も来る」
「全て罠です。トラップですよ。メールアドレス変更しましょう」
「あ、そうなの」
 
   了
 
 
 


          2007年8月26日
 

 

 

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