小説 川崎サイト

 

窮鼠猫を噛まず


「もうそのへんにしておいた方がいい」
「はあ」
「もうほどほどに」
「やり過ぎですか」
「そうだな。もう一押しすると、窮鼠猫を噛む」
「その力は竹中家にはないと」
「小勢力だと思い、侮るべきではない。今なら竹中もわびを入れてくるだろう。このあたりで許してくれとな」
「あと一押しすれば、竹中の一部が取れます」
「山畑程度を取っても仕方があるまい」
「領土が増えます」
「そこを取りに行くと、竹中は別人になる。だから、もうこのへんでほどほどにしておきなさい」
「竹中は僅かな勢力、一気に」
「既に竹中領の一部は取っておる。欲張るでない」
「何がいったい駄目なのです」
「まあな」
「竹中領そのものも奪えますよ」
「竹中の兵は強い。それに戦になると、何をしてくるか分からん。これまでは戦わずして勝ってきた。竹中が手向かってこなかったのでな。これが不気味なのだ」
「今度は戦いになると」
「一線を越えることになるからな」
「竹中の何を恐れておられるのですか。わが方の兵力が多いので、恐れて逃げているだけじゃありませんか」
「戦っても負けるからだ」
「まあ、その方がこちらは楽ですが」
「竹中の領主は曲者」
「しかし、あの兵力では何ともならないでしょ」
「窮鼠猫を噛むと言ったであろう」
「どのように」
「我が家が亡びる。逆にな」
「そんな」
「だから、このへんで辞めておくのじゃ」
「竹中の何を恐れておられるのか」
「まあ、聞け」
「先ほどから聞いております」
「今なら勝ちいくさ。いくさは勝ちすぎるとろくなことはない」
「そうなんですか」
「引き時じゃ」
「はあ」
 しかし、この武将。その手勢だけで、再び竹中領に攻め込んだ。
 そして、竹中領を全て征服した。
 窮鼠、猫を噛まなかった。
 竹中一族は戦わずして、逃げたようだ。
 
   了

   


2020年10月17日

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