小説 川崎サイト

 

家の怪


「玄関を開けるとき、中で何かいるような気がするのです。物音が聞こえます。それで、開けると、物音が消えます。何かややこしいものがいるのでしょうか。古い家ですが、もう長く住んでいます。家の中にいるときは、そんな物音はしません。私がいないときに出てきて騒いだり、暴れたり、走り回ったりしているのでしょうか」
 妖怪博士は静かに聴いている。
「これは妖怪の仕業ではないかと思いまして、先生のご意見をお聞きしたいと」
「何かいるのでしょう」
「それは何でしょう」
「何かじゃな」
「それは妖怪の類いでしょうか」
「家の怪というのがありましてな、家そのものが妖怪のようなもので、その中に妖怪がいるわけじゃありません」
「家の怪」
「古いのでしょ」
「はい、かなり」
「古くなると物も化けます。物怪です」
「家も古くなると化けますか」
「幽霊屋敷とは違います。何かがいて、それが何かをしているわけじゃありません」
「じゃ」
「家そのものがやっているのです」
「やっている」
「物音を立てたり、あなたが体験したようなことが発生したりするようですよ」
「私がいるときは、そんな音や家鳴りもしませんが」
「さあ、詳しい仕組みは分かりませんが、留守中、何かいた気配がある程度でしょ」
「はい、私が入るとピタリと止まります」
「それは善良でいい」
「善良」
「たちがいい」
「そうなんですか」
「悪いことをしているという自覚があるので、静まるのでしょう。あなたに迷惑をかけないように、遠慮しているのです。だから善良です」
「じゃ、気にしなくてもいいのですね」
「妖精かもしれませんからな」
「妖精」
「これは無邪気なものです。しかし、人と接するのを嫌います」
「監視カメラを仕掛けて調べるというのはどうでしょう」
「おそらく写っていないと思いますよ」
「見えないものですか」
「妖精は見えません」
「家の中に妖精がいるのですか。じゃ、妖精の仕業ですね。家の仕業ではなく」
「いや、家から妖精が出てくるのです。妖精が家に入り込んだのではなく、家から妖精が滲み出るのです。その妖精も実は家の一部なのです」
「妖精なら悪くないです。妖怪なら気持ちが悪いですが。で、どんな姿の妖精でしょう」
「だから、妖精は見えませんので、形も分かりません」
「私はトンボのようなのを想像します」
「私はシロアリですが」
「それを聞いて、安心しました。悪いものじゃなく、善良なものだと聞いて」
「はい、お大事に」
 相談者は、出ていった。
 魔除けとか妖怪封じの御札とかは必要ではなかった。
 妖怪博士の夕食は、淋しいものになった。
 
   了


 
  
 


2020年10月27日

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