小説 川崎サイト



盛り

川崎ゆきお



「暑いねえ」
「はい」
「こういう季節は夏休みが必要だね」
「盆休みがありましたから」
「でもまだ暑いよ。もう少し休みたいよ」
「学校のように八月末までですか?」
「そうね、一カ月は欲しい」
「それだけあればいろいろなことができますねえ」
「何もしないよ。休むんだ」
「それも手ですね」
「暑くて何も手がつかん。だから、何もしないでぼーとするんだよ」
「冬眠のようなものですね」
「夏眠だ」
「退屈しそうですが」
「退屈しても、何かやろうという気になれん」
「入院患者のような感じでしょうか」
「療養所で暮らす感じだね。まあ、近くを散歩ぐらいはする。高原の療養所だ」
「なかなか僕にはその境地は無理ですよ」
「君はまだ若いからね。盛んな時期だ」
「そんな、犬の盛りのような」
「だからいろいろな場所に出掛けるんじゃないの」
「それは別に休みの日でなくてもできますよ」
「そういえば、今は盛り場とは露骨には呼ばなくなったねえ」
「繁華街のことですか」
「君らもよく行くんだろ」
「飲み屋街のことでしょ」
「まあそうだ」
「結構高いですから行事でもないと飲みに行きません」
「昔はネオン焼けってのがあってね」
「初耳です」
「スポーツで焼けるんじゃないんだ」
「日焼けサロンのような?」
「本当は焼けないよ。ネオンの多い場所を毎晩うろうろしている人のことだよ。しいて言えば酒焼けだ」
「そうですねえ、ネオンじゃ焼けないですよね」
「洒落が通じないけど、まあいいか。今頃そんな事言う人もいないしね」
「大人の夜遊びのことでしょ」
「君も大人じゃないか」
「でも繁華街では遊びませんよ」
「じゃあ、どこで遊んでるんだ」
「そんな暇ないです」
「金はあるんだろ」
「貯金してます」
「それは君だけじゃないの?」
「将来が不安ですから」
「二十代で将来か」
「はい」
「私に近いじゃないか」
「老後が心配ですし」
 
   了
 
 


          2007年8月28日
 

 

 

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