小説 川崎サイト

 

彦山の魔獣


「聞き違えたようだな」
 瀬宮は魔獣退治に来た。彦山の魔獣と聞いていたので、山の麓で戦いの準備をしているとき、雑貨屋があるのが目に入った。コンビニのようなものだ。周囲にコンビニはない。田舎なのでそんなものだろう。最寄りの駅前にはあったが、降りた終点の村のバス停周辺にはない。
 その雑貨屋に縦長の看板が出ており、彦山饅頭と書かれていた。これを見た瀬宮は全てが終わったことを悟る。聞き間違いなのだ。
 饅頭とは出くわす機会が多い。特に年寄りが多く住む町では何故か潰れないとされている。饅頭というより和菓子。そして甘いもの。洋菓子ではなく、饅頭や餅の方がいいのだろう。
 引き返すのもったいないので、彦山に登ってみようと瀬宮は思った。低い山で、お椀を伏せたようにまん丸く、人工物ではないかと思えるほどよくできている。
 その前に雑貨屋へ寄る。
「彦山饅頭とは何ですか」
「ああ、下の町の和菓子屋の名物で、ここでも売っています。支店じゃないので和菓子屋ほど数はありませんがね」
「彦山饅頭とは」
「これです」
 主人は彦山のようなお椀型をした饅頭を指差した。
「どんなものですか」
「ただのあんころ餅ですよ」
「あ、そう。で、謂れか何かはありますか」
「だから彦山をかたどった饅頭ですよ」
「彦山とは」
「山です」
「何かありますか」
「何もありません」
 まさか彦山に魔獣がいるかどうか、聞くわけにはいかない。まずマジュウと言っても、聞き取れないだろう。そして聞き直される。バケモノでもいい、モンスターでもいいし、怪獣でもいいのだが、彦山の魔獣でひとつの言葉。魔獣を言い換えられない。それは瀬宮の勝手な判断だが。
 瀬宮は彦山饅頭を一つ買い、それを食べながら彦山へ登った。
 しかし山の麓の雑貨屋、周囲に民家が少しあるが、そんなところで店を開いてやっていけるのだろうか。
 山頂までは僅かな距離だが、上にいくほど坂がきつくなり、足が出なくなったので、瀬宮はそこで尻を着けた。
 そして、やっと頂上に登り切ると、先ほどの雑貨屋が見える。家々も見えるが、やはり少ない。
 彦山の魔獣とは、あの雑貨屋ではないかと、瀬宮はふとそう思った。
 それなら聞き間違いではない。
 急いで山を下り、雑貨屋に乗り込んだ。
「気付いたようじゃな」
 先ほどの主人が様変わりしている。ヘンゲしたのだ。
「彦山の魔獣だな」
「その通り」
 店先でドタバタが始まり、凄い音や叫び声が聞こえたが、一番近い家からも遠いので、聞こえないようだ。
 店内が静まった頃、魔獣は元の雑貨屋主人に戻っていた。
 瀬宮の姿はない。
 魔獣ハンター用に設けられたトラップだったようで、魔獣の目的は、瀬宮のようなら魔獣狩り師を狩ることだった。
 
   了

 


2020年11月15日

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