小説 川崎サイト

 

用事の話


「一つ用事を減らすと楽ですね」
「あ、そう」
「このところ忙しくなりましてねえ。色々と用事を増やすからでしょうねえ。それで一つ減らしました。すると楽になった」
「その用事、しなくて大丈夫ですか」
「大丈夫だったようです。しなくてもいいような用事でして、習慣になっていただけ」
「無駄を省くというやつですね」
「いや、最初から無駄なことをやっていたので」
「あ、そう」
「それで時間にゆとりができ、他の用事や用件もゆっくりやれます。いつも急いでやるものだから、それに比べると楽です」
「他の用事も必要なものですか」
「必要じゃありません」
「じゃ、もっと減らせますねえ。さらに楽になるんじゃないのですか」
「減らしすぎると退屈します。やることがないとね」
「でも減らせるんでしょ」
「しなくてもいいことですから、いくらでも減らせますが、先ほど言ったように用事が減るとやることがなくなる。やることがないので、やることを増やしたので」
「それで増やしすぎて忙しくなったと」
「そうです。それで一つ減らすと楽になった。それだけの話です」
「暇潰しの用事じゃなく、本当にやらないといけない用事もあるでしょ」
「あります。でも、やりたくありません」
「それはいけない」
「それで、本当にやらなければいけない用事がかなり溜まっています」
「じゃ、それをやれば退屈しないでしょ。やることが一杯できる」
「気が進まない」
「あ、そう」
「やらなくてもいいことの方がやりやすいのです」
「それじゃ絶対にやらなければいけない用事はいつやるのですか」
「差し迫ってからです」
「なるほど」
「あなたはどうです」
「そんなこと、考えたこともありませんが、普通の用事だけでも結構ありますから、退屈はしませんよ。わざわざ用事を作りませんがね」
「それで普通なんでしょうねえ」
「そうですよ」
「私はつまらん用事をやるのが好きなんです。しなくてもいいような。これは娯楽なんです。本当の用事はそうじゃないでしょ。仕事のようなものでしょ。やる義務があるような。責任がかかっているような」
「そうですね」
「それよりも無駄なことを一杯やりたい。まあ、それでやり過ぎて忙しくなり、のんびりできなくなりましたので、一つ減らしたわけです」
「呑気な話ですねえ」
「そうですねえ」
 
   了


 

 


2020年11月28日

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