小説 川崎サイト



探偵ごっこ

川崎ゆきお



 心の中の風景が、ついうっかりと表に出ることがある。
 心の中の世界は、その人にしか感知できない世界で、表には出てこない。
 人相と人柄とが違うように、表には出てこない表情が心の中にはある。
 ある人が急に何かいつもとは違う行動に出ることがある。
 吉田は退職後、会社や社会からの締め付けが緩んだ。それまで出てこれなかった心の中の風景が出て来た。
 これは意志の問題ではなく、自然に漏れ出る風景だ。これがやりたいと、強く思うのではなく、自然にその行為へ移れた。
 吉田の心の中の風景は探偵ごっこだった。それは犯罪捜査ではなく、泥棒を追いかける探偵で、その泥棒は本当の泥棒ではない。
 つまり小学校低学年時代の遊びだ。
 吉田がまだその年代の頃、町は今のように整備されてなく、入り込める路地や人の家の庭先も多かった。
 町内の子供は、野良猫のように何処にでも入り込めた。見つかったとしても、近所の子なので、問題はなかった。
 吉田はその探偵ごっこを思い出したのだが、実は大人になり、定年退職する年になるまで、常に意識上にあった。
 だから、忘れていたわけでも、急に思い出したわけでもない。ただ、それができなかったのだ。
 そして暇になり、規制も緩んだ。数段階規制を落としたことになるが、まだセーフだ。
 吉田は夜中に徘徊するようになる。昼間はまずいと思う真面な神経は生きている。
 子供の頃、読んだ漫画の中の少年探偵を真似た服装にした。それは西洋人がモデルになっていたのだろう。チェック柄のスーツに鳥打ち帽。
 鏡でそれを見た時、少年時代から憧れた探偵そのものだが、それは吉田の感覚だ。
 知らない人が見れば、フーテンの寅さんの仲間のようないかがわしさだろう。
 吉田は二駅先の繁華街をそのスタイルで歩いた。怪しげな店の裏や、抜け道のような路地を歩いた。ただそれだけのことだ。
 そうして歩いている時、吉田は探偵の世界に入れた。これは長く解放されなかった世界で、吉田にしかその意味合いは理解できないだろう。
 吉田はバーチャルな空間にいるわけではない。本物の泥棒を追いかけているわけではないが、その可能性は常に考えている。
 毎晩のように現れるこの怪人は当然マークされ、不審者として通報された。
 吉田は追われる立場になったが、探偵ごっこでは、泥棒の役も交替でやっていたので、問題は何もなかった。
 
   了
 
 



          2007年8月31日
 

 

 

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