小説 川崎サイト

 

妖怪式神蚊


 妖怪博士は寒くなってくると冬眠する。ずっと寝ているわけではないが、活動がピタリと止まる。冬籠もりするほど寒いところではない。
 しかし布団の中にいるのは、本当に寝るときだけ。あとはホームゴタツでうたた寝する程度。その間、何もしていない。ただ、たまに昔に書かれたような妖怪に関する本や、怪異談などを拾い読みしている。どれも似たような話で、目新しさはないが、その語りに味わいがある。妖怪よりも、それを語る人。また語り手から聞き取ってまとめた人。いったいどんな気持ちで書いたのだろうかと、そこに注目する。本当に驚いて書いたのか、または冗談半分で書いたのかは文章に出る。怖い話だが、後ろで笑っているような。
 うたた寝が本寝になるときもあり、そのときはホームゴタツの中に潜り込み、座っていた姿勢から仰向けになる。コタツ布団をぐっと引っ張り、胸元までかける。亀が裏返ったような姿勢だ。
 そして寝かかったとき、耳鳴り。
 だが、音がおかしい。小さくなったり大きくなったりする。そして神経質な音で、神経を逆なでる。これは蚊だろう。冬の蚊、生き残っていたのだろうか。
 耳を狙って飛んでくるようで、音が消えたときは、止まっているのだ。耳の近くにいるに違いない。しかし蚊の足の感触は感じない。
 妖怪博士はぴしゃりと耳のあたりを平手打ちした。一瞬、ジーンとなり、今度は本当の耳鳴りになる。強く打ちすぎた。
 遠くまで行くまいと思い、目を開け、周囲を見るが、蚊の姿はない。平手打ちにあたり、潰れたのだろうか。
 夏場、たまに蚊が五月蠅く耳元に来ることがあるが、叩いて退治できた試しがない。音だけなので、耳の近くにいると勘違いする。
 丁度うたた寝する前に式神について書かれたところを読んでいた。その中に式神蚊がいる。これは妖怪で、目的を失った式神蚊が彷徨っているだけ。式神は人が発する。術者が発する。式神蚊単独では動かない。また蚊を式神に変身させるのは術者。それで式神蚊が生まれ、刺客のように誰かに襲いかかる。しかし、襲っているのは式神蚊だが、襲わせているのは術者。従って式神蚊の意志ではない。ただの突撃兵器のようなもの。それ以外の動きはしない。
 しかし、術者がコントロールを失ったとき、式神蚊は彷徨うことになる。
 この式神蚊がフリーになったときから妖怪化する。中にはトンボほどの大きさの妖怪式神蚊もいる。
 その書を先ほどまで読んでいたのだが、この作者、やはり冗談半分で書いたとしか思えない。しかし、想像できそうな蚊だ。蚊なので、よく知っている。
 それとは別に音だけの蚊もいるだろう。妖怪博士を先ほど襲った蚊が、それかもしれない。
 音で欺されることが多いので、有り得る。
 
   了


2020年12月11日

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