小説 川崎サイト

 

繁華街の裏道


 年末、年の瀬。年が押し迫って来た頃、芝垣は街中をうろついている。迫って来ているのは来年かもしれない。あと少しで正月。新年。それが迫って来ている。大晦日が迫っているのではなく。
 何故ならそんなものは数日で終わるだろう。大晦日など一日だ。長いのは新年。一年ある。
 忘年会の翌日から仕事は休み。今年のことはもういい。忘れるための忘年会。
 芝垣は忘年会ですっかり今年のことなど忘れたわけではないが、もう来年のことを考えている。といっても一週間もない。週が始まったばかりの頃、週明けからのことを考える程度の距離。
 街中を芝垣がうろついているのはやり残したことがあるため。既にクリスマスの飾り付けは終わり、正月ムードがもう既に漏れ聞こえている。今年はクリスマスで終わったかのように。
 正月用の品々の買い忘れがあって街中に出てきているわけではない。その程度のものなら近所でも売っている。わざわざ大きな繁華街のある街などに行く必要はない。そこで祝い箸を買って、どうするのか。
 それに芝垣は祝い箸など使わないが、子供の頃、元旦の朝は、祝い箸が出たのを覚えている。実家にいた頃は毎年出た。使うのはその日だけ。
 芝垣が繁華街に出たのは、その裏にある妙な通路。そこを探検したいと思った。幸い今日から冬休み。仕事始めまでかなり間がある。もし手間取り、一日二日と長引いてもかまわない。おそらく年内、除夜の鐘の前には片付くだろう。
 本当は、すっとその通りに入り、すっと出てくれば時間はかからない。あとは家電店で無線のヘッドフォンを買う程度。コード式は縺れるし引っかかるので邪魔で邪魔で仕方がない。しかし大きな音を鳴らすわけにはいかない。ヘッドホンなしでは小さな音だし、音質も悪い。幅がない。やはり耳元から流れてこないと、伝わる物が途中で落ちてしまうのだろう。それにパソコン内蔵のスピーカーはカサカサする。
 しかし、そんなことはどうでもいい。問題は繁華街の奥にある通路。その先に何があるのかを調べてみたい。
 昨日も実は忘年会のとき、その近くを通った。以前からも、その通りがあることは知っていたが、怪しげなので、なかなか踏み込めなかった。
 それを昨日、思い出した。翌日行ってみようと。それが今日。
 仕事が休みに入って真っ先にやるのは、そんなことか。それでいいのかと思いながらも、他のどんなことよりも気になる。
 ただ、それは人には言えないだろう。ワイヤレスヘッドホンを買いに行くのなら言えるが。
 だから非常に一般性の低い行為。
 芝垣は繁華街のメイン通りからその裏道へ続く入口に入った。その枝道が裏道ではない。そこからさらに奥へ踏み込み、何度か曲がらないと、本当の裏道へは行けない。大凡の行き方は分かっており、裏道の路地の前まで来たこともある。問題はその先。
 夕暮れが近いのかネオンが灯り出す。雰囲気としてはいい。そして裏道へと続く通りや小道を進むに従いネオン看板が少なくなり、場末感が漂う。
 そして、目的とする裏道の前に来た。
 決心はできている。今日から当分休み。安心して突っ込める。
 ずっと気になっていたこの裏道の中、一体どうなっているのか、はたまたその先に何があるのか。
 芝垣は緊張しながらも、足を踏み入れる。入口には人がいたが、裏道の中は無人。その先はトンネルのように暗い。
 何処からかジャズの音色。そういう店があるのだろう。しかし、店屋らしきものはあるにはあるが、全て閉まっている。大きな繁華街とはいえ、この深い箇所までは人が流れて来ないのだろう。まるで深海。
 芝垣は深海魚になったつもりで、裏道の細い通路を泳いでいった。
 
   了

 
 


2020年12月29日

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