小説 川崎サイト

 

暗雲


 年末、もう数日で年を明けるというのに、その手前で三村は立ち止まった。何か重い空気を感じる。白ではなく黒。黒い空気というのあるとすれば、煙が出ているのだろう。それほど黒いと危ないはず。
 そうではなく、暗雲が立ち籠め始めた。実際にそんな暗い雲が空にかかっているわけではないが、三村の頭の中に、それが立っている。あと数日で新年なので、その手前で妙なことが起き、年を越せないかもしれない。越せたとしても、無事に越せないで、その暗雲を引きづったままの年明けとなり、その後、ずっとその雲が取れない。
 三村はそんな気がしてきた。今年は調子が良かった。だからこのまま大晦日まで行けるはず。クリスマスもいい感じで終えた。あと一息ではないか。
 暗雲の原因は分からない。ただ漠然とした不吉さがある。悪いことが起こるような。
 それが何かが分かっておれば、対処の仕方もある。だが、分からない。何が来るのか。
 こういうときは下手に動かない方がいいのだが、押し迫った頃、三村は街中に出て買い物をしたりする。また今年中に済ませたい用事もある。当然楽しい用事が多いのだが。
 だから今年は暗雲が理由で、元気がない。どうせこの暗雲、闇のようなものに包まれ、大変な大晦日になり、大変な新年になる。そう思うと、楽しいことなどできなくなる。
 これは一種の予知能力なのかもしれない。今までにもそれに近いものがあったのだが、そういうお知らせを無視して過ごしてきた。だが、後で考えると、その虫の知らせのようなことは当たっており、それに従っていた方がよかったことが多い。このお知らせはストップがかかる。つまり、それをやろうとすると邪魔が入る。出掛けようとすると雨が降る。軽く止められているのだ。しかし、何の因果関係もない。個人の事情で天から雨が降るわけではない。
 しかし、今年は違う。良い年だっただけに、何か悪いことの一つや二つないとおかしいと思う。
 このまますっと新年を迎えられないのではないかという不安は、そのあたりからも来ている。
 それで三村は年明けまでの数日間、大人しくしていた。
 そして除夜の鐘が鳴り出す手前、三村は注意深く時計を見ていた。あと数秒だ。まだ越していない。最後の際に来るかもしれない。
 目を閉じていたので時計は分からないが、毎年零時に鐘を鳴らす寺があり、それが聞こえてきた。年を越してから鳴らすので、時報のようなもの。それが三度鳴る。そのあとは鳴らない。
 三村は無事、年を越せた。
 そして、そっと目を開けると……
 
   了



 
 


2020年12月31日

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