小説 川崎サイト

 

山寺の寒参り


 大寒の寒参り。岸田は階段の長い山寺を傘を手に上がっていく。背にはリュック。この山寺まではハイキングのようなもの。バスは寺近くまで来ているが、便が少ない。歩いた方が早い。市外に少し出たところまで市バスが来ている。そこでローカルバスに乗り換えるのだが、その本数が少ない。道路は一本、ローカルバスはそこを通る。だからそこを行けば三つ目のバス停が寺から一番近い。
 それで狭い車道の路肩を雨に降られながら岸田は歩いた。三つ目のバス停、それほど距離はないと思っていたが、ローカルバスなので、バス停の間隔が長いのだろう。かなり遠いことを知った。最初のバス停は村の中。それなりに大きな村。次はかなり離れたところにあり、家が少しだけある。一応農家の屋根が見えるので、同じ村内だろう。そういう小さな集落が川沿いに分散しているようだ。
 三つ目のバス停まではさらに遠く、なかなかバス停が現れなかった。山間の繁みの中にぽつりとあるバス停。家はない。だから、山寺専用かもしれない。そこから枝道が出ているが、林道に近い。車は通れるが、流石にバスは寺の前までは寄ってくれない。
 雨。寒参りで雨。雪ではない。この地方では雪は滅多に降らないが、それは平地部で、山に入ると結構雪は降るし、積もる。だが、その日は雨。風が穏やかなのは助かるが、谷間から吹き上げる風はやはり強い。
 林道というよりも寺へ繋がる道でもあるので、それなりに手入れされており、かなり剥がれているが舗装されている。
 これがハイキング道ならぬかるんできついだろう。
 岸田はただただ歩いている。寒参りなどは忘れて。今この瞬間こそ寒参りなのだ。
 寒いと覚悟はしてきたが、汗ばむほど。これは予定とは違う。きっと雪が降るはずなので、雪の寒参りになると思っていたのだが、そうはいかなかった。
 そして飽きるほど山道を歩き、やっと出てきたお寺の山門。等身大の仁王さんがいる。周囲には誰もいないし、店屋らしきものもない。山中にぽつりとある文字通りの山寺。
 山門を跨ぎ、やっと平らなところに出たのだが、すぐに階段が目の前に来る。壁かと思うほど高くて長い。
 傘を差し、その階段を上がっているとき、寒参りに来たことを改めて思い出す。これを上りきれば本堂とかがあるのだろう。その手前の階段の頂上にまた門があるが、大層なものではない。
 流石に靴が濡れ、少し染みこんできたのか、靴下に冷たさを感じる。足の指が濡れているのが分かる。
 岸田はハイカーではないが、そういうときのため、予備の靴下をリュックに入れている。常備品だ。
 しかし、まだ履き替えるには早い。寺を出る前でいだろう。
 そして長い階段をやっと上がりきったのだが、最後は足が出なかった。息も乱れていた。
 寒参りなのに、暑いほど。
 そして真正面に本堂が見える。三重塔もあるが目の錯覚かもしれないが、少し傾いているように見える。
 本堂の中には入れないが、縁の手前に賽銭箱がある。そこで手を叩くわけにはいかないので、手を合わせる。神社と間違えそうだ。
 賽銭箱に五円玉を落とす。御縁がありますようにと。
 そして、元来たところを、スタスタと戻る。階段を下りるスピードが早い。滑りそうになるので、少し抑え気味に下りる。
 そして仁王さんのある山門を跨いで、山道を歩いているとき、登りだったのが下りになっているので、帰りは楽。
 今度はバスで戻ることにした。
 靴下はそのままで履き替えていない。バスの中で履き替えればいい。もうそこからは濡れないだろう。
 そしてバス停まで出て、待っていると、意外と早い目にバスが来た。タイミングがよかったのだろう。
 それに乗った瞬間、岸田は考えが纏まったようだ。決心が付いた。
 
   了


 


2021年1月25日

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