小説 川崎サイト

 

サンドイッチ


 とある業界のパーティーで石塚は久しぶりに竹中の顔を見た。見るもなにも竹中がメインのパーティーなので、いやでも目立つ。
 竹中が何か賞を取ったことを石塚は知っている。招待状が来たので、知らせは向こうからやってきた。別に招待状など来なくても、誰でも参加できるのだが。
 竹中は来ている人と話しているのだが、数が多いので、忙しいようだ。
 石塚は業界の人と会うのは久しぶり。相変わらずの顔ぶれだが、知らない人もいる。
 石塚は竹中と並ぶほどの地位はあるが人気がない。人望がないためだろう。しかし、竹中を知っている人なら誰でも石塚も知っている。両雄と呼ばれていた。
 その石塚に話しかける人は一人もいない。方々で人の輪ができているのだが、石塚は座ったまま。最初に着いたテーブルにいた人達は、もう別のところにいたりする。またそのテーブルで話し込んでいる人もいる。知っている人もいるが知らない人もいるが、ぽつねんと座ってサンドイッチを摘まんでいるのは石塚だけ。それを全部食べると、次は大量に残っているスパゲティー。石塚は暇なので、それに手を付けた。
 石塚は飲まないので、乾杯のときのビールをチビチビ口にするだけ。水でもいいのだ。ウーロン茶が欲しいところ。アイスコーヒーがあればいうことはない。
 パーティー会場は時間制限がある。石塚はバイキングの食べ放題に来ているようなものだが、サンドイッチとスパゲティーだけでは何ともならない。肉が欲しいところ。しかしサンドイッチにハムが入っていたので、よしとする。
 それとやはりご飯が欲しい。サンドイッチもスパゲティーもおやつのようなの。しかし、結構な量のサンドイッチを食べたので、よしとした。さらにスパゲティーに取りかかっているのだが、既に満足を超えたレベルにいる。会費分は取り戻せない。会費と食べるものを比べると、全然足りない。交通費が出る程度だ。
 持ち帰ろうにも、サンドイッチはもう食べきった。これをもう少し欲しい。スパよりも。
 それで、隣のテーブルを見ると、まだ残っている。食べきれる自信はないので、持ち帰りたい。そのため、鞄の中にビニール袋を入れている。これは食品用で、ゴミ袋ではない。だが、鞄の中で潰れるかもしれない。
 そう思いながらテーブル移動する。これが初めての移動。実はそのテーブル、誰もいない。もう帰った人もいるためと、大きな輪ができており、そちらに集まっている。
 石塚がビニール袋にサンドイッチを丁寧に入れていると「石塚君」と初めて声を掛けられた。それまで誰とも話していないのだ。
「ああ、竹中か」
 先ほどまで大きな輪の中にいた竹中が抜け出してきたようだ。
「相変わらずだねえ、石塚君」
「ああ、何か分からないけど、おめでとう」
「有り難う。来てくれて嬉しいよ」
「もう帰るけど。この詰め物が終わったら」
「そうか、元気でね」
「君もますます盛んで」
「いや、石塚君が羨ましいよ。そのマイペース振りが。誰にも気を遣わず仕事、してるんでしょ」
「ああ、相手にされないからね」
「僕が今一番欲しいのがそれだ」
「あ、そう」
「また何かあれば連絡するよ」
「ああ」
 先ほどの大きな輪が、二人のいるテーブルに近付いて来た。
 既に石塚は退散している。鞄を指で押し広げ、サンドイッチが潰れないように。
 
   了



2021年1月29日

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