小説 川崎サイト

 

歩かない散歩人


「おや、寒いのにお出掛けですか」
「寒中散歩です」
「それは必要ですか」
「いいえ」
「寒い中、散歩はないでしょ」
「あります」
「犬もそうですねえ」
「途中で、そんな用はしません。犬はトイレに立つようなもので、散歩に出ているので」
「じゃ、あなたはそういう用もなく散歩」
「寒いといっても晴れているので、大丈夫です。流石に吹雪のときは出ませんが」
「このあたり、滅多に吹雪などないでしょ」
「たまにありますよ」
「そうでしたか」
「じゃ、これで」
「はい、風邪など引かないように」
「有り難うございます」
 この散歩人が立ち話をしていたのは自然林豊かな場所にある公園。先ほどの人は寒いのに、そこまで出てきたのだろう。人のことは言えない。
 近くに自転車を止めているわけではなく、車も止まっていない。だから歩いて来たようだ。そして、見知らぬ人。
 気になったので散歩人は振り返ってみる。すると、人の姿などない。
 もう帰ったのだろう。
 散歩人は寒中散歩を続け、身体が暖まってきて、いい感じになった頃、戻ることにした。これ以上外にいると、徐々に冷えるので。
 翌日も同じ時間にその公園へ行くと、昨日の人がいる。
「寒いのに散歩ですか」
「寒中散歩です」
「ああ、なるほど」
「ところで、あなたも散歩中ですか」
「いいや、ここにずっといるので、歩いていません」
「でも、ここに来るまで歩くでしょ」
「いえ、ずっとここにいます」
 散歩人は薄気味悪くなり、そのまま立ち去った。そして昨日と同じコースを歩き、身体が暖まってきたところで、引き返した。
 そのとき、もしやと思い。あの公園に寄ることにした。
 公園の植え込みや遊具が見えてきたとき、散歩人は少しドキドキした。
 そして公園の中に入り、周囲を見渡すが、あの人はいない。ずっとここにいると言っていたのに、やはり歩いて戻ったのだろう。
 その翌日も、またその公園で、同じ人を見かけたが、散歩人は素通りした。
 
   了


2021年2月1日

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