小説 川崎サイト

 

折りたたみ傘を取りに戻る


 雨が降りそうで降らない。一度パラッときたので、これは降るかと思い、折りたたみ傘を取りに戻る。家を出てから数秒なので、数秒で戻れる。この距離は何だろう。しかし、玄関の鍵を開けないといけない。靴も脱がないといけない。傘は下駄箱の中の傘入れの中にもあるが、長い。降らないのに長い傘を持ち歩くのは面倒。
 そして靴を脱いで部屋の中に入るのだが、紐靴。きつい目に締めているので、解かないといけない。
 だから家を出て数秒でも、家の中にいる時間がかなり長い。だから数秒では済まない。
 折りたたみ傘は綺麗に畳まないで、廊下の隅に立てかけてあった。短くはしているが、花は半開き。これを紐で括ればいい。幸いマジックテープなので、楽。さらに幅の広いテープなので、さらに楽。
 それで、折りたたみ傘をスマートにし、鞄の中に入れる。以前持っていた鞄は折りたたみ傘を突っ込むコーナー付きだが、いま使っている鞄にはそれがない。横に入れようか、縦に入れようかと考えなら、結局は一番底に横に入れた。降らないと思っているのだ。しかし、家を出た瞬間パラッときたのだから、もう少し鞄の上の方に入れるべきだったのかもしれない。それで、入れ直した。
 そして靴を履く。紐をまた締めて。
 靴が大きいのだ。紐をしっかりと締めないと踵が浮く。もう少し小さい目で、靴紐のいらないマジックテープ式にした方がよかったのではないかと後悔するが、その靴のデザインが気に入っている。
 それでやっと玄関ドアを開け、そして鍵を掛け、表に出る。数秒先を先ほど行っていたのだが、もう秒ではなく、分単位。しかし、五分には至っていないだろう。これはカン。
 携帯電話は持っているが、バッテリーが切れたので、充電中。どうせ携帯に電話などかかってこないのだがスマホの時代に入り、使えない機能があるようだ。まずはカレンダーが死んでいる。だから日付も時間もおかしくなっている。そのため、携帯電話があっても、時間が狂っているので、時計代わりにはならない。
 そんなことを思いながら下田は数秒進む。先ほどUターンした地点までは一気。再スタートだ。別に到着時間までの記録をとっているわけではない。多少遅れても問題はないし、余裕を見て出掛けたので。だから傘も取りに戻れた。
 さて、雨だが、パラッとしていたのだが、それはない。だが、いつザーとくるか分からないほど空は灰色がかっている。だが、傘があるので、心配はいらない。
 足が痛い。紐靴を締めすぎたのか、甲の部分が痛い。靴下のシワが、そこでよじれているのかもしれない。何か異物があるような。
 その程度、とは思いながらも、やはりずっとこの痛い状態のまま歩くのかと思うと、やはり不快。それほどの痛さではないので、そのうち消えるだろうと思っていたが、そうはいかないようで、痛みが続いている。
 仕方なく路肩に寄り、靴紐を緩める。だから、この靴は手がかかり、面倒だと思うのだが、買ったばかりなので、買い直すわけにもいかない。
 そして靴から足を出し、靴下を見る。指でそれと分かる粒がある。皺ではないようだ。それで、靴下の中に指を突っ込むと、硬いものに触れた。そんな豆が出来ていたのだろうか。しかしその豆に触れても痛くはない。それでぐっと取り出した。
 ご飯粒の固まったものだった。
 子供の頃、それをホシリといい、油で炒めると、お菓子になった。それを祖母に作って貰ったのを思い出した。
 そのホシリを道に捨て、再び靴紐を締め、しゃがんだ状態から立ち上がる。
 そして歩きだした。
 雨はその後、降らなかった。
 
   了


  


2021年2月4日

小説 川崎サイト