小説 川崎サイト

 

散歩で入った寺


 吉村は快晴で気分もいいので、少し遠出をした。いつもは自転車で、そのへんをすっと回る程度だが、冬にしては暖かい。それに冬空にしては明るい。見事な青空が拡がっている。滅多にないお天気。
 それで、遠出だが、いつものコースから少し離れる。内野から外野に出るようなもの。内野と外野の境目には結界が張られているわけではないが、外野、つまり外界に出るには、その結界を破らないと行けない。破るにはそれなりの覚悟がいる。目的もいる。
 日常の外側に出てしまうため、その決心をする。ただの自転車移動で、一寸はみ出す程度なのに、大袈裟だが。
 吉村にとり、そこは取り込まれていない世界。当然風景が変わる。結界内と結界外の差はほとんどないのだが、外へ外へと向かうと見慣れぬ風景が現れる。
 しかし、吉村は結界の外にもたまに出ているので、見知らぬ町並みが続いているわけではない。だから、道も知っている。
 遠出のとき、幹線道路で行く。これが結局一番早いし、歩道もあるので、裏道や脇道よりも安全。それに迷うこともない。
 あの道はいつか来た道、というのが結構あるが、もうどんな場所に出るのか、忘れている。
 幹線道路から古い家並みが見える。農家の大屋根だろうか。繁みも多い。村があった場所に違いない。幹線道路のバス停を見ると、それらしい地名。そちらへ向かうことにしたが、信号がなかなか青にならない。幹線道路優先のためだろう。
 それで、もう一つ先の信号で渡ることにした。このあたり、いつも走っているコースとは違い、勝手が違う。
 次の信号まで来たが、赤で渡れない。幹線道路の優先度が高すぎる。
 いつまで立っても青くならないので、どうしようかと思っていると、車が少ないことに気付く。横断歩道はボタン式。押していないので、ずっと赤のまま。しかし、押せば青にすぐに変わるわけがない。幹線道路が渋滞するだろう。押しボタン式でも効かないタイプがある。
 だが、信号云々よりも車が来ない。左右を確認するが、遙か彼方に車は見えるが、ゆっくり歩いてでも渡れるほど。
 それで吉村は、単純な解を見付けたように、さっと、渡った。
 信号は、細い道と交差している。そして左右の建物は古い農家。
 いい感じのところに入り込めた。以前にも来た覚えはあるが、かなり前なので、忘れている。
 古い造りの農家がまだ残っているのは貴重。建て替えた家も大きいが風情がない。
 土塀や板塀、倉も見える。いい感じだ。たまにはいつもと違う風景が見たい。それが叶った感じ。それだけのことだが一寸した冒険。刺激がある。
 自転車でやっと通れる幅の小道の先にお寺がある。それを見付けたので、小道に入り込んだのだろう。土塀の瓦屋根の向こうに黄色い梅の花が咲いている。鐘撞堂もあるようで、それが重なって見える。寺の横から入り込んだようだ。
 小道で繋がっている寺。
 土塀の途中に入口があり、開いている。
 吉村は、塀の前に自転車を止めるが、通行の邪魔になりそうなほど狭い。車は入れないだろう。
 その入口からそっと入ると、左には住職家族の住居だろうか。庭がある。先ほど見た梅の木もある。狭い庭だが、よく手入れされている。
 右に鐘撞堂。そこを抜けると、本堂に出る。
 本堂の右を見ると大きな門。やはり横から入り込んだようだ。
 本堂のすぐ前にバイクが止まっているが、動きそうにないほど錆びている。
 大きな門は閉まっている。
 敷地は狭い。大きな農家程度だろうか。それよりも狭いかもしれない。
 そして本堂の向こう側にも出入り口があるようで、平三門と書かれている。そこも閉まっているが、ためしに押してみるが、開かない。
 それで引いてみる、するとギギッと音がして、開いた。
 吉村は外に出た。こちらも狭い。土塀に沿って正面の門の前に行く。寺の名は書かれていない。そこを回り込むと、最初に入った出入り口。しかし、あるべきものがない。
 吉村の自転車。
 邪魔になるので、誰かが移動させたのだろうか。
 そして再び、その入口から入ると、自転車は鐘撞き堂の前にあった。
 それでほっとし、同じところから、外に出た。
 そしてその小道を走り抜けた。左手の表門を見ながら、左側に曲がると、平三門と書かれた門に出て、そのまま進むが、狭い道は狭いまま。そして交差する道も全部狭い。
 これはやったかもしれない。冒険はいいが、少し厳しいようだ。
 
   了
  



  


2021年2月8日

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