小説 川崎サイト

 

何気なく


 立花は何気なく下りた駅の改札を抜けた。そのあとのことは誰にも言わないというより、言えない。
 しかし立花はそれとなく友人に話した。ただし、何気なく伏倉の駅に下りた程度。何処へ行っていたのかと問われたので、そう答えただけ。
 その友人佐原は不審に思った。立花は秘密がバレたのではないかと心配した。
「何気なく」
「そうだよ。何気なく下りたんだ」
「伏倉の駅だね」
「そうだよ」
「途中下車?」
「さあ、それは」
「目的地があったんだろ。伏倉じゃなく、それに電車に乗ったんだろ。切符は何処まで買ってた」
「終点まで」
「何気なく下りたのはやはり途中下車だね」
「いや、何処でも良かったんだ」
「目的もなく乗ったの」
「気晴らしで、適当なところで下りようとしていただけで、終点の駅へ行くのが目的じゃなかったから」
「じゃ何気なく下りたにしても、何かのきっかけがあったはず」
「いや、電車に乗ったのも実は何気なくなので」
「何気なく?」
「特に意味はなく」
「どうしてそんなことができるのかな」
「え、何が」
「何気なくでも何かきっかけがあったでしょ」
「だから何気なく」
「何の気もなく?」
「ああ」
「何の気もなく出掛けられるかなあ」
「休みだったので、何処かへ出掛けたかったというより、部屋にいたくなかったんだ」
「どうして」
「変化がないから」
「それでとりあえず外に出たわけ」
「ああ」
「何も決めないで」
「出てから決めようとしたけど、決まらないまま、終点まで切符を買ったんだ」
「カードとかはないの」
「買っていない」
「そして何気なく伏倉駅で下りた」
「ああ」
「どうして伏倉駅なの」
「だから、何気なく下りてみようかと思って」
「他の駅じゃなく、伏倉なんだね」
「いや、別の駅でもよかった。横に座っている人が居眠りを始めて、頭が肩に当たるんだ。それが鬱陶しくて、下りた」
「偶然、それが伏倉駅の手前だったと」
「そうそう」
「じゃ、何気なくじゃなく、理由があるじゃないか」
「まあ、そうだけど」
 佐原はそれだけ聞くと満足したようだ。何気なくの中味が知りたかっただけのようだ。
 立花は伏倉での出来事は聞かれなかったので、ほっとした。
 
   了
  

 



2021年2月11日

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