小説 川崎サイト

 

心の整理


 風が唸り声を上げている。嵐が来ているのだろう。上田は部屋の中でじっとしている。ポカンとしているわけではなく、考え事をしているのだが、ただの雑念。それをぼんやり時を過ごしているというのだが、上田にとり、それは決してぼんやりではないし、雑念でもない。大事なことを考えている最中。しかし、他人にとってはどうでもいい話で、大したことではない。
 上田は公開中でも航海中でもなく後悔中。それでどうすればいいのかと考えているのだが、別に考えなくてもいい話。ただ気に入らない。不満。そういったものは事柄のいかんによらず襲ってくる。そして不快感。
 何でもない些細なことでも、これは起こる。そして動きが鈍くなり、気も沈着する。
 ここを脱しないと他のこと、大事なことにも影響する。生活に関わる。仕事も芳しくなくなるし、朝、起きたときも元気がない。
 その後悔事を何とかしないといけないと上田は先ほどから、そのことばかり考えている。
 そして不気味な風音。雨は降っていないようだが、風が悲鳴を上げている。
 後悔事は元に戻せる。やり直せばいい。しかし、それではもったいないし、惜しい。心の整理ができていない。だから、じっと部屋で整理しているのだ。部屋の片付けではなく、心の整理。
「できたかな」
 隣の部屋の吉岡がいきなりドアを開けた。
「何が」
「頼んでいた仕事」
「ああ、そのうちやるよ」
「遅いのなら下倉君に手伝って貰うけど」
「いや、やる」
「そうだろ。早く頼むよ」
「ああ」
 それだけ言って吉岡は出て行ったのだが、実際には部屋には上がらなかった。
 上田は手を動かし出した。
 しかし、あの後悔事のことは頭から離れない。手は動かしているが頭は違うところにある。
 やり直す決心がまだつかない。整理が終わっていないので、頭が切り替わらないのだ。
 いつまでもそんな頭の状態では問題。
 悲鳴が聞こえる。先ほどよりも強い風が吹いている。
「部屋、大丈夫」
 また吉岡がドアを開け、そう声をかける。
「何が」
「風だよ。台風より凄い」
「まさか、屋根は飛ばないと思うけど」
「そうだね」
「しかし、雨戸が外れたことがあった」
「あったねえ」
「だから雨戸は閉めないようにしている」
「僕もだ」
「これぐらいの風なら大丈夫さ」
「そうだね。じゃ、急いでね」
「ああ、すぐにできるから」
 上田は作業に戻った。
 そしてしばらく続けていると、あの後悔事が徐々に薄まっていった。
 心の整理ができたとは思わないが、飽きたのだろう。
 
   了
 
 

 



2021年2月18日

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