小説 川崎サイト

 

心の冬


 暦の上での春。今日から春に入るというカレンダー上だけの春。ところがその年の春はドンピシャで、きっちりと合わせてきたのか、暖かい。まさに春うらら。暑いほど。それでは行き過ぎなのではないかと思われるほど。ところがすぐに雲が出てきて、雨が降り出し、肌寒くなりだした。
 最初だけ、真春のシーンを一寸見せただけの冷やかしだったのかもしれない。
 水原は春の暖かさを期待していなかったのは心が冬のためだろう。ここに外側だけ暖かいものが来ても白けるだけ。揃っていないのだ。心が凍っているため。
 それが事実なら、心臓は止まるが、心は何処にあるのかは分からない。
 ちょい見せした春。季節はまた戻ったのか、雨風が強い。これが暖かい雨なら春一番かもしれないが、それほど強くはないし、また雨も冷たい。
 水原の心境からすれば、先に春が来てもらうと困る。
 心は冬だが、春の風、春の空気で心の冬が春の心になる可能性もある。それを水原は何処かで期待したのだが、因果関係はない。
 ただ、水原の知らない因果関係が実はあるのかもしれない。ただの気分の問題として。
 その後も雨は続き、曇りの日も多く、春らしい日はなかなかやって来なかった。
 水原は心の冬をやっているので、何の問題もなかったが、たまに春らしい日もある。出来ればそんな日は無視したい。春になってもらうと困る。
 桜は咲いても心は冬の状態は水原にとってはたまにある。そういう年が。春どころではなく、桜どころではない。
 季節を季節通り感じ、季節の移り変わりをただ単に眺める。これは実は貴重なのかもしれない。それどころではないよりも。
 気温とは関係なく、人には冬の時代があるのだろう。そして春の時代も。我が世の春。そういう絶好調もあれば不調もある。
 しかし、単純な季節の移り変わりが、水原の心の冬を暖かくしてくれるかもしれない。
 その後、その通りになったのかどうかは分からないが、心の冬を気にしなくなりだした。慣れたのだろう。
 そして四季は気候だけで、心の中の季節感は、何処かへ行ったようだ。
 
   了

 
 


2021年3月5日

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