小説 川崎サイト

 

黄金郷


 今日は何もしないで、ぼんやりと過ごそうと吉岡は思ったのだが、昨日もそうだった。
 何か用件でも済んだ翌日ならのんびりを楽しめばいいのだが、連日、のんびりなら、のんびり漬けで、のんびりとした感じにはならない。さらに、もっとのんびりと過ごせばいいのだが、そうなると逆に退屈。今でもそうなのだから、これ以上のんびりとしたくはない。
 そういう日々を送っていた吉岡だが、ここ最近忙しくなった。用件が多くなり、それが重なる。
 やっと用件を終えても二日後にまた用件がある。のんびり出来るのは一日か二日。用件の前日はのんびり出来ない。それが終わっても、また次の用件が近付いて来る。目覚まし時計で早く起きないといけないとかになると、これは前日からプレッシャーを感じる。
 吉岡は好きな時間に起きてくる。たまに遅くまで寝ているときがあるので、そんな日と重なると、遅れる。それで目覚ましをセットすることになるのだが、電池が切れている。使っていないのだ。
 ひと月程用件がなければ、その間、のんびり出来る。一週間では早い。来週になるため。それはすぐに来る。だからやはり一ヶ月ほど何もない日が続かないと駄目。
 一ヶ月後の用件は大したことはないが、その日に行かないといけないような用事。しかし、慣れているので、一週間前になっても忘れているほど。頭の中にない。
 だからのんびりと出来る大平野がある。
 しかし、それは、あったで、最近はない。
 それで、ひと用事済ませたあと、これでやっとのんびり出来るというわけにはいかなくなった。次の用件が控えているので、それが気になって気になってのんびりなど出来ないのである。
 月に一度の用事は、別に行かなくてもいいことだが、行った方がいいだろうという程度。二ヶ月に一度でもいいほどだが、これは決まり事としてあるので、いわば日常内。だから実質何もない日が数ヶ月ほど続いていた。下手をすると一年ほど。
 それで、のんびり慣れしていたので、それが普通のペースで、その間、別に退屈はしない。
 しかし、最近そんな呑気なことをやってられないほど忙しくなってきた。これは何だろう。どういう変化が来たのだろうか。
 よく考えると、用件が重なる時期に来ていたのだ。纏まって来ていただけ。一つ一つは大したことはなく、難しい用件ではない。
 そういう日が少し続いたとき、吉岡は、何もなかった時期、のんびりの大平野で暮らしていた頃を思い出す。あの頃は、そうは思わなかったが、朝、目覚ましで起きるとき、実感として、それがある。
 あの大平野。あれは黄金郷だった。
 
   了

 


2021年3月14日

小説 川崎サイト