小説 川崎サイト

 

思い出せない

川崎ゆきお

 

 それは部屋で突然思い浮かんだ。
 そのネタなら小説として書けば面白い。

 私は、その時すぐに書けばよかったのだが、自室で小説を書いたことがない。
 小説は外出先での暇つぶしで書いている。
 携帯電話のメール画面で書いていた。
 部屋のパソコンで書く習慣はない。

 外出先で、時間の隙間ができたので、そのネタを書こうとした。
 しかし、ネタを忘れてしまった。
 どんなネタだったのかを思い出そうとしたが、手掛かりが何もなく、糸口さえ見当たらない。

 あのとき、どこかにメモすべきだったとは思わないのは、その必要がないほど、はっきりとしたネタで、印象に残り、しっかり記憶されているものだと確信したから。
 それほど難しいネタではなく、他愛のない夢のような話だったような気がする。

 数日後、私はコンビニへ行く道すがら、そのネタを思い出した。
「なんだ、これか」
 と、ネタとの再会を喜んだ。このネタなら、すぐに書けるし、また書いてみたいと心から思った。

 翌日、待ち時間を利用して、その小説を書こうとした。
 だが、全くもって思い出せない。
 手掛かりさえない。
 昨日、思い出した時、確実に記憶されると信じた。それがすっかり記憶から削ぎ落とされている。

 夢を見た後、しばらく覚えているが、賞味期間が非常に短い夢もある。
 今、その夢を思い出していたのに、数秒後、どんな夢だったのかを忘れることがある。
 夢もそうだが、小説のネタなど、忘れても差し障りはない。
 まあ、どうでもよい話なのだ。

 私は魚を二度も釣り落とした気になった。
 釣り落とした魚は大きい。

 それから数日経過するが、そのネタは思い出せない。
 そのネタとは、ネタを忘れてドタバタするネタ…だったのかもしれないと、思うことにした。
 しかし、ネタに対してのネタだっという記憶はない。
 それなら、
「やっと思い出した」
 と、ピンとくるはずだ。

 私は忘れた夢を思い出す努力の不可能性を知っている。

 いつか、ある時、ある瞬間、ふっと思い出すことを楽しみにすることにした。
 そして、その時も、忘れないようにメモはとらないだろう。

   了

 

2004年10月7日

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