小説 川崎サイト

 

サクラサク道へ分け入る


 散りかけの桜、そして雨。
 植田はいい感じになってきたので、見るともなく見ている。そこは桜並木、いつも通る場所。駅と家との間にあり、家の近く。
 その並木道から枝道が出ており、その奥に植田の家がある。といってもアパート。持ち家ではない。その名もさくら荘。周囲は普通の住宅だが、それほど古くはない。
 駅へ向かう途中、散りかけの桜の下を通っていたのだが、傘で上が塞がれ、少し傾けないと真上の桜は見えない。しかし、散りかけているのは分かっている。
 サクラサクは合格だが、サクラチルは不合格。電文だ。電子メールではない。だが郵便よりも早い。
 受験に失敗したとき、その電報が来た。植田は学校まで見に行かなかった。親戚が見に行き、その結果を植田に打った。
 植田の運命はそれで変わったのかどうかは分からない。別の学校に入った。
 桜を見る度に、サクラチルの文字が目に浮かぶ。あのときはショックだった。将来が消えたような。
 しかし植田は今朝もだらだらしながらも会社勤めを続けている。普通の社会人として。しかも転職もしないで、同じ会社にずっといる。
 あのとき、サクラサクの電文だったらどうだろう。今こうしてサクラ荘に住み、同じ会社へ行っているだろうか。おそらく別のところに住み、違う会社へ行っているだろう。しかし、務めているとは限らない。
 サクラサクで行った学校で知り合った友人知人。それはサクラチルで行った学校での人達とでは違うだろう。しかし、学生時代の友達の関係は、もうなくなっている。
 桜が散ると、そのことを思ってしまうが、サクラサクになっていたとしても、もういいだろうと思う。サクラチルから何十年。別に悪くはなかった。
 雨がしとしと降っている。落ちた花びらが路肩の水たまりに浮いている。しばらく立つので、汚れた色。
 一寸感傷的になりながら、駅まで出て、会社へ。
 そして夕方、もう日が落ちる頃だが、桜並木の道を戻る。雨はやんでおり、空も明るい。夕日が桜を眩しく照らす。
「嘘だろう」
 満開なのだ。
 狐の嫁入りはあるが、桜の嫁入りなどないだろう。
 そして並木の枝道、さくら荘への路地へ植田は入って行く。
 しばらく行くが、さくら荘などない。
「ああ、これはまだ電車の中だ。居眠りしているのだろう」
 と、植田はそれほど深く考えず、路地の奥へ奥へと歩いて行った。
 
   了


2021年4月7日

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