小説 川崎サイト

 

妖怪鼠男


「鼠の頭をした妖怪ですかな」
「そうです。鼠頭です」
 春先、ややこしい人が出るのだが、もう既に春も半ば、そういう人の旬も終わったはず。
 妖怪博士にとり、久しぶりの訪問者。担当の編集者経由ではなく、直接だ。これは滅多にないし、丁度手が空いたところなので、話を聞いてみた。
「身体は」
「人です」
「男ですか、女ですか」
「着物の感じから男だと思います」
「どんな扮装です」
「隠居した侍が着ているような」
「ただの老いた武士では」
「あまり元気そうではないし、ひなびた感じが、隠居さんのように感じられたのです」
「頭だけが鼠ですかな」
「はい」
「どんな鼠です」
「頭は鼠色です」
「ああ、なるほど。頭巾とかは」
「ありません。鼠そのものですが、人と同じぐらいの頭をしているので、かなり大きいです」
「大鼠ですな」
 頭だけが動物の仏像や神像もあるが、訪問者が見たのは生もの。人が作ったものではない。
「その大頭鼠、何をしましたか」
「何をといいますと」
「だから、出ただけですか」
「そうです。夜中、目が覚めると、枕元に座っていました。正座していました。私が目を覚めたので、驚いたようで、さっと立ち去りました」
「後ろ姿は人そのものですな」
「そうです。後頭部は鼠ですが、暗いので、そこまで見ていませんが、豆電球がついているので、真っ暗ではありません。私が夜中起きて便所に行くとき、必要な明かりです。最小限、その明かりがあればいけます。それ以上明るいと、目が覚めすぎて、戻ってから寝るのに一苦労するのです。だから暗い目の豆電球でいいのです」
 余計なことまで話すと妖怪博士は思ったが、そういう人ほど、余計なものを見てしまうのだろう。
「隠居したお侍さん。腰に刀はありましたか」
「扇子を差していただけです」
「それで立ち去った」
「はい」
「そういうことは今までにもありましたか。またはそんな夢を見たこととか」
「その鼠男は初めてです」
「あなたの先祖は武家でしたか」
「いいえ、百姓です」
「その鼠男。武家とは限りませんなあ。鼠なので、髷はないわけでしょ」
「そうですねえ」
「しかし、鼠男の正体よりも、そんなものが夜中に枕元に座っていたということの方が怖いと思われますなあ」
「そうでしょ。だから、これは妖怪かと」
「まあ、そういう夢を見ていたのでしょう」
「じゃ、夢枕」
「その一種かもしれませんよ」
「では、何故鼠頭なのでしょう」
「鼠に似た人だったのかも」
「ああ、なるほど。私は鼠頭なので、これは妖怪だと思い、博士のところに走りました」
「はいはい、ではそういうことで」
「はい、有り難うございました」
 妖怪博士は、その訪問者と対座中、眠くて眠くて仕方がなかった。
 
   了

 


2021年4月12日

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