小説 川崎サイト

 

平田川上流にある村


 平田川の上流を辿れば小さな村がある。と田中は聞いて平田川を遡った。平田川は平田とは名ばかりで、河口も山。山また山ばかり。
 平らな田などないのに、平田川。これは地形とは関係がないのかもしれない。
 山間を貫いている川だが、川沿いに田畑もないことから村もない。当然それらしい道路もなく、林道程度。
 川に沿って続いていたり、途中で切れたりと、当てにならない。川岸を歩くのは無理で、絶壁が各所で防いでいる。
 田中はそれでも、川を見失わないよう遡っていった。水音が途切れると、流れが静かなのか、離れすぎたのかと、心配になる。
 たまに、かなり高いところまで登ってしまい、川は遙か下に見えたりする。これで、川筋が何となく分かる。地図で調べたこともあるが、そんな真上から見た図では分からない。
 川岸に下る小道があったので、川に戻ると、そこに釣り人がいた。
「この川を遡ると小さな村があると聞きましたが」と聞いてみた。
「さあ、聞いたことがないし、村なんてないんじゃないですかね」
 田中はますます気になった。誰にも知られていない村があるのかもしれないと。
 釣り人のいる川岸は、滝の下なので、また小道を登り、林道に戻る。この林道がくねくね曲がり込んでいるので方角を見失いそうになる。しかし、選択肢はない。他に道はないのだから。
 林道は別の沢を通っており、平田川からますます離れていきそうになる。
 これは迷うと思ったが、下手に林道から逸れ、道なき道に入り込むと、さらに迷うだろう。林道なら方角が違っていることが分かれば戻ればいい。
 平田は「リンリンリンドウ」と口ずさみながら、行けるところまで行ってみたが、沢から出られない。ずっと谷底にいるようなものなので、見晴らしが悪い。
 平田川沿いの沢なら、いいのだが、こればかりは勘に頼るしかない、田中は左側の山の向こうに平田川が流れていると思っている。
 沢には川はない。水溜まりもない。
 また、沢の底だと思っていたが、意外と高い場所にあり、ただの山襞と山襞の間程度の風景になる。
 林道がいつの間にかケモノミチになっている。樵が昔、通った道かもしれない。
 しばらく行くと、見晴らしのいい平たいところに出た。広すぎる道だ。さらに進むと、面積が広くなる。木々は所々に生えているが、密度が低い。そして平。
「ここかもしれない」
 田中は勝手に合点し、かなり広い草地内をウロウロする。
 ここが聞いていた村だとすれば、既に廃村。草の中に村時代の遺物が埋まっているかもしれない。
 斜めに傾いた長い幹のようなものがある。蔓草で覆われているが、柱の跡だと分かった。
 平田川沿いといっても、離れているかもしれない。
 隠れ里、隠し村。そんな時代があったのだろう。わざわざ辺鄙な場所で暮らしていたのだから。隠れ住んでいた人達だ。
 平田は、ここが目的地で、平田川の上流に村があるという話は、本当だったと確信した。
 しかし、本当は違うかもしれない。別の何かの方に頭は傾いている。信号が灯っている。悪い予感。
 ここはそういう場所ではないと。
 田中はその勘を信じ、さっさと引き返した。
 
   了
 



2021年4月19日

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