小説 川崎サイト

 

静観者


 争いの渦中にあった人物だが、今は静かに暮らしている。どういうつもりなのかと、尋ねてみた。
「最近どうですかな」
「静かです」
「大人しくなられましたなあ」
「そう見えますか」
「確かにお静かに過ごされているようなので、これは誰の目にもそう見えます」
「なるほど」
「休火山も、ある日突然活火山になる恐れがあります」
「いや私は死火山です」
「そうあって欲しいですなあ。あなたがあまりにも静かなので、不気味でして。たまには小出しで、一寸した騒ぎを起こされては如何ですか。その方が安心です」
「静かなのが、駄目なのですか」
「静かすぎます。そんなはずはないのに、静かすぎる。だから不気味。何か胸騒ぎがするので、お伺いしました」
「寝た子を起こすようなものですよ。あなたが引き金になるかもしれませんよ。しかし、ご心配なく、私は静かにしていますし、その効果も行き渡っていることが分かりました。このまま静かにしていますよ」
「色々と不審な動きがあります。少し騒がしい世になっております。あなたにはいくらでも出番があります。それが心配で」
「長岡派のことですか」
「よくご存じで、やはり見ておられる」
「大したことはありませんよ。その手に乗らないことです」
「あなたが動かないので、長岡ははずに乗り、やりたい放題です」
「誘っているのでしょ。私が出てくるのを」
「そうなのですか」
「だから、その手には乗らない」
「長岡派を潰さなければいい世にはなりません」
「潰したあと、どうされる」
「はあ」
「あなたが長岡派に取って代わるだけでしょ」
「それは」
「まあ、私は静かに、そして大人しくしております。期待に添えないで残念ですがね」
「動かれるときは、是非お声を」
「はいはい」
 数日後、長岡派の人物がやってきた。そして、同じことを聞いた。
 結果は、同じで、静観を決め込んでいるようだ。
 静観は偽装だったが、その偽装効果の方が周囲の反応がより敏感になったようだ。
 
   了


2021年4月26日

小説 川崎サイト