小説 川崎サイト

 

横風が吹いていた


 風が強い日だった。春の風なので、冷たくはないが、風が身体を通り抜ける。もしそうなら大変だが、何かが抜けていくような感じがする。風や水は身体の中を通過しないが、肉よりも細かなものは通過するだろう。
 風というより、空気の中に、そういう細かいものが混ざっていて、それが身体を通り抜けるのかもしれない。
 扇風機に当たりすぎると、身体が怠くなったりする。いい風ならいいが、悪い風を受け続けると、悪いことになるかもしれない。
 植田はそんなことを思いながら、風の吹く町を歩いていた。植田そのものが風のようなもので、何処へ向かうかはお友達の風任せ。
 その風とは何だろう。気持ちと重ねると、気風ということになるが、気風は根が付いたものだが、風任せはもっと単純で、物理的。
 追い風の方が楽なので、そちらへ向かったりする。帆船のようなもの。しかし、戻りは逆風でえらいだろう。
 と、分かっていながら、植田は風に向かわないで、風を背に受けながら歩いている。当然戻り道は厳しいので、そのまま風と供に流れるのがいいが、旅人ではないので、戻らないといけない。引き返すのはいいが、向かい風、逆風。それで植田は横風になるところまで回り込んだ。遠回りだが逆風よりもまし。
 その横風の戻り道を歩いているとき、知り合いとばったり出会った。
 こんなところで、何をしているのかと聞かれたが、向かい風が嫌なので、横風になる道に回り込んで家に戻るところだとは言えない。
 それを答える前に、植田は知り合いに、君はどうしてここにいるのかと聞き返した。知り合いの家は知っているが、このあたりではない。
 その知り合いも答えにくそう。植田はこれは訳があると思い、それ以上聞かなかったが、訳にも色々とある。言えるような訳と、言えないような訳。
 実際には一寸した散歩に出ただけで、用事ではないのだろう。用もないのにウロウロしているというのは余裕かもしれないが、何もすることがない暇人だと思われたくはない。
 それに平日の昼日中。偶然休みの日かもしれないが、その知り合いの頭髪を見ると、散髪に行っていないことが分かるし、髭も少しだけゴマが出ている。
 植田はもっと伸びているが、自分のことは気にならない。だが、無精髭に近くなっている。
 二人は曖昧な挨拶を交わした程度で別れたが、数歩離れてから振り返ると、その知り合いも振り返っていた。
 お互いに突っ込まれるとまずいものがあるのだろう。
 そしてまだましとはいえ、横風が植田を吹き抜けた。
 
   了
   


2021年4月29日

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