小説 川崎サイト

 

喫茶店巡礼


 永井は長く行っていない喫茶店へ向かった。これはそういうシリーズがあり、以前に行っていた喫茶店を訪ねるのが目的。その店に用があるわけではなく、その店に入りたいわけではない。
 長く行っていない店は、それなりに理由がある。行かなくなった理由。それは様子が変わり、居心地が悪くなる、などもあるが、それよりも近い場所にいい店ができたので、そちらへ行くようになったとか、様々。
 居心地が悪くて、行かなくなった店へは、この喫茶巡回のコースには入っていない。
 よく行っていた店でも、月日が経ちすぎると、常連客から離れるためか、またはもう忘れられてしまう。その方が永井にとっては都合がいい。別に店の人に用があって行くわけではない。もし覚えていたとすれば、久しぶりですねえ、などと言われるだろう。そういう挨拶が面倒。
 その日は巡礼コースの二店目に向かったのだが、別の店にしても良かったのではないかと少し考えた。これは出る前からそう思っていた。そこよりも遙かに近い店がある。時間的にも遅いので、遠くにある店よりも、そちらの方がいい。
 だが、近くの店はたまに来ているので、巡礼コースとしては弱い。かなり前に行っていた店の方がいいのだ。
 春のよく晴れた陽射しも強く眩しいほど明るい日。しかし、風が強く、気温はそれほど高く感じない。巡回は自転車で行く。近くだとすぐに着いてしまうので、少し遠いところがいい。
 こういう場合、そこへ行っても見付からないことがある。跡形もなく消えている可能性もあるのだ。しかし、よく行っていた店なら、その周囲も知っているので、このあたりにあったはずだと分かるはず。
 長く行っていなくても、道筋は覚えているもの。毎日のように通っていたので。
 しかし、通り道の様子も変わっており、曲がるべきところで曲がらないで、直進したりする。目印になるようなのが、消えたためか、または別のものがそこにあり、勘が狂うのだろう。
 それで、道順が怪しくなりだした。大きな道に出れば分かると思ったのだが、出たには出たが知らない道。いつの間にか新道ができていたのだ。
 まだ、工事中なのか、その先は行き止まりになっている。
 この道ではないと永井は思い、そこを渡って、先へ先へと進んだ。
 すると、見覚えのある畳と書かれた建物が見えてきたのだが、それがどの位置にあるのかが曖昧。パズルの断片を掴んだけで、繋がりが分からない。
 このあたりにあることは確かなので、ウロウロしていると、偶然出た道筋が、ドンピシャで、喫茶店のある通り。
 そして絵に描いたように、喫茶店はあるのだが、乾燥している。水分がない。建物はあるのだが、死んでいる。
 いつもなら並んで止まっている自転車もない。錆びた自転車がぽつりとあり、草がまとわりついていた。
 
   了
 
   


2021年4月30日

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