小説 川崎サイト



濃い夜

川崎ゆきお



 夜の闇が濃い。
 いつもと同じ場所なのだが、濃い。
 外灯が減ったわけではなさそうだ。
 高村は数えたことはないが、明かりは減っていない。
 家の窓からの光も計算に入る。それもいつもと変わらないような気がする。
 それでもいつもよりも暗い。そうなると高村の目の問題になる。
「月がない」
 高村は原因の一つを口にした。曇っている。湿気が強い。
「霧か」
 高村はやっと原因を捜し出した。いつもとの違いは霧がかかり、遠くの外灯が霞んでいることだ。
 住宅地を貫くその裏道は、自転車で走るにはちょうどいいコースだ。
 高村は飲食店のバイト店員だ。終わると深夜になる。勤めてまだ一ヶ月だ。人手が足りないのか、時間給もよくなっていた。
 特に飲食関係が好きなわけではない。料理など作ったことはない。興味さえなかった。
「あれは、まずかったかもしれない」
 わずか一ヶ月の素人が牛丼を作ったのだ。大きな鍋で煮込んだので捨てるわけにはいかない。
「濃すぎた」
 出汁の量を間違え、倍以上入れた。単純ミスだ。入れたことを忘れて、また入れたのだ。
「味見すべきだった」
 濃すぎる牛丼を鍋一杯に作ってしまった。先輩も味見はしていない。辛さを知っているのは客だけだ。
「食べ切れないほどの辛さじゃなかったし」
 高村はそこに救いを求めた。
 明日注意され、叱られたら辞めようと思った。きっちり教えてくれなかったからだ。先輩も三ヶ月前までは素人だ。
 味が濃い上、煮込み過ぎた。タマネギは半ば溶け、ふにゃふにゃだ。
 高村はこの牛丼チェーン店で何度も食べている。いつもの味もそれなり分かっていたが、最近は行く度に味が変わっていた。きっと自分と同じような素人が作ったのだろう。
 あの牛丼の大鍋がなくなるのは昼過ぎかもしれない。
 それまで濃い牛丼は消えない。
 水臭いとか味が薄いより、濃くて辛いほうがそれらしくみえる。
 高村はそう思いながら濃い夜を駆け抜けた。
 
   了
 
 


          2007年9月16日
 

 

 

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