小説 川崎サイト

 

網フェンスの向こう側


 前田はいつもの通りをいつも通り通っているのだが、通りの筋を変えると、また別の趣がある。二つの通り、並行して走っている。その間隔は短い。だからほぼ同じ場所なのだが、沿道の建物が違う。
 また一方は通行量は多いが、片方は静か。道幅も一方は広いし、歩道もある。だが、行き交う人が多いので、静かな通りの方が結果的には通りやすい。道は狭いが、車は少なく、たまには自転車で車道の真ん中を走り続けることもできる。
 この静かな道は裏道ということになる。地元の人なら知っている道。ただ、歩道のある通りの方が道沿いに店屋などがある。
 それと何処までも真っ直ぐに伸びている。裏道の方は、真っ直ぐ前を見れば分かることだが、線路とぶつかる。行き止まりになる。踏切や地下道や高架はない。
 前田はその線路まで出ないで、右へ曲がる。用事はそちらにあるので。
 その裏通りが、いつもの通り道であり、いつも通りのコース取り。そのため、その沿道風景もいつも通りの風景。
 日常の中で変えたくないものがある。昨日と同じがいいのだ。絵が変わるより。
 当然変えたいと思う事柄もあるのだが。
 その通りは、いつも通りでいい。特に不満はない。不便さもない。大きい方の道の方が逆に窮屈で、走りにくい。だから、その裏道を見付け、それが日常化した。
 いつもなら前田は裏道の途中で右折し、用事のあるところへ向かうのだが、その日は右折ではなく、直進となる。線路の向こう側に用事ができたため。
 しかし、癖というか習慣が判断を鈍らせた。考えが足りなかった。頭が悪いわけではない。
 線路を渡るのなら、大きい方の道を進むべきだったのだ。しかし、ついつい、いつもの裏道に入ってしまった。線路が渡れない裏道に。
 仕方がないので、線路際まで来て、渡れる道へ横移動するしかない。
 いつも右折するところを通過する。そこからは未知の領域だ。いつも曲がっているので、直進はしない。そして、直進するだけの用事もない。
 右ではなく、そのまま直進した瞬間、いつもの通りがいつもの通りではなくなった。
 線路際まで出て、左右どちらへも線路沿いの道がなければ、最悪だ。その手間で曲がることも考えに入れながら、線路際まで来てしまった。
 案の定、袋小路。線路際の道はない。横移動するには、戻らないといけない。
 線路の手前にドブ川があり、網フェンスがある。
 よく見ると、フェンスに扉があり、開いている。線路はその向こう。ドブ川に用事があるわけではないが、橋が架かっている。それで線路の間近まで出られる。
 前田はそのフェンスの扉の幅を見ると、自転車が通れる。そして橋も渡れる。だが、そんなことをしても線路にぶつかるだけ。
 見れば分かる。行き止まり。
 そのとき、一人の老人が、後ろから来て、前田を通り越し、フェンスの扉からすっと中に入った。そこまでは見ているが、入った瞬間、消えた。
 ドブに落ちたのだろうか。それなら音がするはず。
 そのあとも、ママチャリに乗った主婦が、扉の中にすっと入り、そして消えた。
 老人も主婦も、橋を渡っている姿を前田は見ていない。扉に入った瞬間消えているのだ。
 前田も、その気になり、扉にスーと自転車を乗り入れた。
 
   了


 
   


2021年5月9日

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